2012年01月16日

鳥博士とまちなかバードウォッチング

柏まちなかカレッジ講座
「鳥博士とまちなかバードウォッチング」

まちのなかには、実は、たくさんの鳥がいます。
季節によって、あるいは、環境の変化によって、まちを訪れる鳥も変わってきます。
今まで意識していなかったまちなかの鳥に気づくことで、新たなまちの魅力を発見するかもしれません。
講師は、科学ジャーナリストの柴田佳秀さん。

連続講習
第一回 事前学習
日時 1/24(火)19:00-20:30 場所 柏駅周辺(柏市民活動センターか近くの飲食店などを検討中)
第二回 実践編
日時 1/29()10:00-12:00  集合場所 柏市民活動センター会議室

講師 柴田佳秀さん
科学ジャーナリスト
日本科学ジャーナリスト会議会員、日本鳥学会会員、都市鳥研究会会員

参加費 500円
定員 8名(先着順)

近著 『講談社の動く図鑑MOVE 鳥』(講談社)
シバラボ主宰 http://homepage3.nifty.com/shibalabo/



2012年01月15日

ちばのWA ! 東葛飾本舗 シンポジ​ウム&マッチング会

イベントのお知らせです。

私、山下洋輔も委員を務めています「ちばのWA ! 東葛飾本舗」が、

東葛地域で「民が民を支援するモデル事業」(千葉県)に取り組んでいます。

この団体は、NPOと企業とのマッチングをはかる活動を行っています。


そのシンポジウムを1月30日(月)に開催します。

ご都合がつくようでしたら「冷やかし」に来てください。

あるいは、こうしたテーマに関心のある人や団体や企業に

情報転送して頂ければ有り難いです。

 

■■「ちばのWA ! 東葛飾本舗 シンポジウム&マッチング会」■■

テーマ:寄付文化が育む、絆のある地域社会

日 時:1月30日(月) 14時〜17時(開場14時30分)

会 場:アミュゼ柏 プラザ  柏駅東口徒歩7分

参加費:無料

進 行:(1)問題提起 堀田力氏(NPO法人日本ファンドレイジング協会代表理事)

    (2)パネルディスカッション

     松戸市長、柏市長、我孫子市長、経団連1%クラブ事務局次長

    (3)NPOと企業とのマッチング

申 込:東葛本舗ホームページから http://tokatsu-wa.net/

 

詳しくは、上記ホームページを参照してくてださい。



2011年11月19日

ブータン国王の演説(11.17国会)

日本での震災に対するブータン国王ジグミ・ケサル・ナムギャル・ワンチュク陛下の姿勢は、大変ありがたく感じていました。
「地震発生翌日の3月12日、ブータンの首都ティンプーで、ジグメ・ケサン・ワンチュク国王主催のバターランプ点火式が催されました。バターランプは、チベット教の寺院でろうそくの代わりに使用される、乳脂肪分を燃料としたランプ。数十人の僧侶が読経する中、寺院内の仏像の前に用意された数百個のバターランプに、国王が点火し、続いて、ブータン在住の日本人とブータン側関係者が点火を行いました。

国王陛下からは、東日本大震災の犠牲者、被災者と日本国民に対する哀悼とお見舞いの言葉とともに、ブータンのために日本が多大な貢献をしていることへの感謝の言葉が述べられました。」
http://www.jica.go.jp/information/disaster_msg/bhu.html
 より引用

ご結婚後の初の外遊先が日本ということも嬉しく思っていおります。
11月17日の国会での演説が、話題になっています。
ブータン国王ジグミ・ケサル・ナムギャル・ワンチュク陛下の謙虚

で真摯なお人柄が日本人の心を動かしているのだと思います。
ブータンから光を灯し続ける存在です。まだ
は31歳なんですね。偉大な同世代です。私も頑張ります。
以下、
国会での演説。
http://www.youtube.com/watch?v=GamBapMjbyY&feature=youtube_gdata_player
人との絆を保ち、文化を保つ、経済ではなく、幸せで国力を量る。
誰かの価値観でなく自分の価値観で幸せを実感する。
そんなブータンに、行ってみたいと思いました。


2011年11月15日

創造都市の発展‐まちとアートのコミュニケーション

「創造都市の発展‐まちとアートのコミュニケーション」をテーマに、まちデザインシンポジウムが開催されました。
http://kashiwa-art.com/blog/archives/708

熊本市現代美術館館長の桜井武さんと、各地でアートプロジェクトを手がけてこられた芹沢高志さんの基調講演。コーディネーターは、柏市役所の秦明生さん。

桜井さんからは、パリのポンピドゥーセンター、スペイン・ビルバオのグッゲンハイム美術館、ベネチアのプンタ・デラ・ドガーナなど、世界の現代美術館についてお聴きした。
現代アートによって、都市が生まれ変わった事例を紹介してもらった。
ポンピドゥーセンターの分館であるポンピドゥー・メスの開館式には、サルコジ大統領自ら出席して、演説されたとのこと。それだけ、文化・芸術に力を注いでいる。

芹沢さんからは、横浜トリエンナーレと別府での現代芸術フェスティバルのご経験を紹介していただいた。
企画者の考え通りではなく、一つのプロジェクトから、新たなプロジェクトが自発的に生まれていくようなプロジェクトを作っていくのが良い。

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まちとアートの関係は、単にアート作品を設置しても、単にイベントを開くだけでも、まちの文化は再生されるわけではない。まちに生きる人間の生きる力が重要である。その意味で、想像力をかきたてるアートが必要となる。
アートは、「メシのタネにならない」ので後回しにされてしまいがち。
しかし、問題発見や課題解決を提案していく力がある。
だから、現代に生きるアーティストの作品である現代アートに意味があるのだ。

「創造都市」という言葉が、安易に使われている傾向がある。
今、創造都市とは何か?改めて、問い直していく必要もある。
創造都市には、創造性のある個人の集積である。
創造性のある個人とは、想像力のある、新鮮な目をもった、生きる力のある強い個人と定義してみる。
そのような個人が育っていくために、現代アートが果たす役割は大きい。

懇親会で、桜井武さんとから、熊本市現代美術館で開催された「井上雄彦 最後のマンガ展 重版」についてのお話は、本当に興味深いものでした。
http://www.camk.or.jp/event/exhibition/inoue/
アートラインかしわのメンバーについて、個性的で才能ある得難い方々が集まり、他のアートプロジェクトでは見たことのない集団だ、大切に育てていきなさい、と何度もご助言を頂きました。

まちは、人が大事。
メンバーに、創造性あふれる個人が集まっている柏は、面白いぞと言っていただいた気がして嬉しい夜でした。



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2011年11月11日

美術館・史跡めぐりバスツアー(アートラインかしわ)

アートラインかしわの「美術館・史跡めぐりツアー」に、引率・付き添いで参加しました。
参加者は、18名(参加応募者84名から抽選)。
柏市役所教育員会文化課の高野さんが、柏の歴史と魅力を教えて下さりました。

以下のルートで見学しました。
花野井の吉田邸→布施弁天・あけぼぼ山→郷土資料展示室(沼南庁舎)
→手賀教会→手賀城址→原氏墓所→手賀の丘公園(資料展示室、古墳散策)
→中村順二美術館

まずは、国の重要文化財に指定された花野井の吉田邸。
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ボランティアガイドの大野さんは、80歳とお聞きし、驚き!

戦時中にもかかわらず、文化の力でまちづくりを進めた吉田甚左衛門。
文化課の高野さんは、柏の偉人として熱く語って下さいました。

昨年、私がまとめた文章です。
吉田甚左衛門−文化の力でまちづくり
http://www.y-yamasita.com/diary.cgi?no=68


次に、布施弁天。
近世、利根川の水運で布施は大変豊かな地域でした。
そういったことが建築や絵馬、小林一茶の句などからわかります。
また、鴨猟も盛んでした。
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旧手賀教会。山下リンさんのイコンが有名です。
残念ながら改修中でした。
ギリシャ正教の教会です。めずらしい茅葺の教会。
お茶の水のニコライ聖堂でも有名なニコライが手賀で布教しました。
明治初期、キリスト教を信仰したのは、士族や知識人でした。
当時の手賀は、水運の要衝地として商業や文化の盛んな土地であったと考えられます。
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手賀城址。千葉氏の家臣・原氏は、利根川の水運を背景に力を持った武士でした。
原主水は、徳川家康に仕えましたが、キリシタンとして処刑されます。
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原氏の墓所。県道柏印西線の脇。なかなかわかりにくい場所です。
見どころは、墓石の後ろのお墓。
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これは、最後の与力としても有名な原胤昭が、更生保護した前科人を葬ったものです。由緒ある原氏代々の墓所に前科のある者を埋葬するというのは、特に当時としては、勇気ある行動だったと考えられます。
原胤昭は、更生保護施設建設や低所得者住宅建設、キリスト教学校設立など近代社会事業の父と呼ばれています。
そういった人物が、手賀を心の故郷と言っているのは、柏市民として誇らしい限りです。

昨年、原胤昭について、私がまとめた文章です。
再チャレンジを支える地域の力
http://www.y-yamasita.com/diary.cgi?no=69

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手賀の丘公園内。庚申塔の前。
夜通し語り明かす庚申の夜について説明を受けています。
江戸期の庶民の生活を想像しています。

その後、中村順二美術館で「坂下広吉」さんの絵を鑑賞し、お茶を頂きながら一日を振り返りました。


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2011年11月08日

地域に支えられる小学校

11月5日、柏市立手賀東小学校の収穫祭を見学しました。

学校の畑で、自分たちで育てたお芋を焼き、みんなで食べます。
エデュブル・スクールヤード(食育菜園)というアメリカの中学校での活動を思い出しました。
料理人のアリス・ウォーターさんが、子どもたちと校庭のアスファルトをはがし、無農薬で野菜を作り、それをみんなで料理して食べると、荒れていた学校がみるみる立ち直っていったそうです。
手賀東小の子どもたちが心優しく感じたのも、こういった日々の積み重ねなんだと思います。
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もち米が、おもちに変わっていくのは不思議。子どもたちは、熱心に観察しています。
入学前から学校の先生と接することができ、1年生になってスムーズに学校生活が送れそうです。
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お餅つき。学年を超えて、助け合う。
親も先生と間違ってしまうくらい、地域の方々が協力しています。
みんなが、子ども一人ひとりのことを知っていて、育てていこうという意思を感じました。
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つきたてのお餅と焼きたてのお芋を、みんなで食べました。
お餅やお茶を持ってきてくれたり、座る場所を作ってくれたり、小学生に接待?してもらいました。
大人と話したり、気配りしたり、これも社会勉強ですね。
地域の高齢者の方々も、子どもたちの元気な姿に触れられ、嬉しそうです。

小学生の代表が、地域の方々へ感謝の気持ちを伝えています。
校長先生は、一つの思い出が、小学校時代のすべての印象を良くしてくれることがあるとも話されました。
大人になって聴くと、しみじみと吸収できます。

校長の荒木先生は、人間味あふれる魅力的な方です。
校長が、地域に根差した学校でありたいという意思を示し、地域の方々の協力を得て、学校運営されています。

2011年11月07日

おススメの一冊・魚住直子『園芸少年』

魚住直子『園芸少年』(講談社、2009年)

花や植物を育てる園芸部の活動を通して、不器用な高校一年生の少
年たちが成長していくストーリー。
今の高校生が描かれています。

農業体験を通して、人間形成や心のケアを目指すサス塾の農園とも通じるところがあります。
山下からのオスス
メの一冊です。

じつは、ご近所のハックルベリーブックスで勧めて頂いたものです(^^;
;



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2011年11月02日

一箱ブックマーケット本まっち柏p.1

11/20(日)一箱ブックマーケット本まっち柏p.1を、ハウディモールにて開催します。

今、本について語り合うブックトーク、社会人の交流会でもある読書会、絵本の読み聞かせ、音楽演奏をバックに朗読、読み終えた本を放置して誰かに読んでもらうブッククロッシングなど、本にまつわるイベントに関心が高まってきている。
ブックカフェといって、本を楽しむカフェも話題になってきた。
ブックカフェは、本にまつわるイベントの基地ともなっている。
この流れの中で、古本市を見てみよう。古本市と言えば、古本屋さんの組合が協働して一同に出店し、研究者や愛好家といった専門家が貴重な本を探す場だったり、安い本を手に入れる場というイメージがあるかもしれない。
近頃、話題になっているのは、古本屋さんだけではなく、一般人も出店している市である。「本屋さんごっこ」が楽しめるわけだ。お金儲けだけでなく、お客さんとのやりとりが大切にされている。
駅前やデパートの展示場だけでなく、地図を作ってまち全体を会場にし、まち歩きを楽しむ仕組みを作っている。本の業界のみならず、まちの活性化にも貢献する可能性がある。
ブックトークや朗読イベントなども開き、「買う」だけではなく「学び」の要素が加わっている。

一箱ブックマーケット「本まっち柏」p.1を主催する本活倶楽部
のメンバー募集中です。
一箱ブックマーケットへの出店、朗読やブ
ックトークなど本にまつわる活動などなどの企画・運営や当日のお手伝いを助けて下さる方、いらしたらご連絡お待ちしております。
一緒に、本まっち柏を作り上げていきましょう!

次回会議は、11/4(金)19時半からです。
メンバー募集中です!

フリマ


「本まっち柏」 とは、本とまち/本とマッチングを意味している。
柏のまちを舞台に、本と人とが、さらに人と人とが、そして人とまちとが出会う。
そんな願いが込められている。春には、柏のまちを歩きながら、各所に本と人とまちとの出会いを演出する
p.2の開催に向け準備中!



2011年11月01日

柏フューチャーセンター構想

地域課題を認識し、解決するため、行政・企業・市民など課題に関わる当事者が集まり、政策を立案し、実行していくフューチャーセンターの必要性が期待されており、行政で設置すれば日本初の試みとして注目を集めることになります。

この柏に、フューチャーセンターを設置したいと考えています。


※フューチャーセンターとは
フューチャーセンターとは、企業、政府、自治体などの組織が中長期的な課題の解決を目指し、様々な関係者を幅広く集め、対話を通じて新たなアイデアや問題の解決手段を見つけ出し、相互協力の下で実践するために設けられる「場」を指します。
フューチャーセンターでは、所属組織や立場の異なる多様な人たち、例えば異なる部署のスタッフや企業人、市民などが集まり、普段、従事している組織内では決して構築されることのない関係性を形成し、横断的な対話を行って意思決定や理解の共有が行われます。
その目的は創造性を発揮し、複雑化して従来の枠組みでは解決の難しい現代の様々な課題を解決することにあります。例えば地球環境問題への対応や、世代をまたいだ等の複雑な課題は、普段と同じ組織のメンバーと普段と同じ会議室に集まっても、過去になかった発想やアイデアを生み出し、解決に向けて実践することは困難であります。
そこでフューチャーセンターという、多様なメンバーが集まる場をつくり、知恵の集まってくる仕組みを形成し、新たな知を創造し、実践する取り組みが行われるようになったわけであります。
柏市でも、事業仕分け、シンポジウム、タウンミーティングなどが開かれています。議会でも、見直しを求める意見も出ていました。

◆柏の現状
昨年のタウンミーティングでは、不満や陳情があふれていたと聞いております。必ずしも、うまくいっているわけではないと思われます。課題を分析し、指摘することは大切であります。しかし、その解決を行政任せにしていては、限られた財源の中では限界があります。結果的に、解決せず、再び批判の対象となり、悪循環と考えられます。

◆フューチャーセンターがあったら
そんな中で、オランダ・ノルウェーなど欧州で、企業や
NPO、行政などで効果をあげているフューチャーセンターに注目した次第であります。
都市や街にフューチャーセンターがあれば、街づくりが参加型に変わります。組織の壁や部署、公と民間の壁を超えたイノベーション発想に変わります。
これからの合意形成のプロセスは、トップダウンではなく、創造的な対話からローカルな変化を生み出し、それらをネットワークでつないでいくことになると予測されます。フューチャーセンターのネットワークが、それを担う場になると期待されています。フューチャーセンターは、多様性の高い対話を通して、社会的な共有価値を生み出す場なのです。

◆加点方式で考えよう
このフューチャーセンター設立は、成功か失敗かという評価を考えているわけではありません。一つひとつの要素を加点方式で評価していくことが出来ます。このフューチャーセンターを行政に採り入れたというだけで、日本初になります。タウンミーティングなどでの市民対行政の枠組みが変化した、新アイデアが生まれた、新プロジェクトが生まれ動き出した、外部からの刺激のあり、職員研修につながった、一つひとつの事柄が日本初と発信することが出来ます。このことで、日本中の知恵をひきつける仕組みを構築することになると考えます。


 



2011年08月19日

教育コンサルタント山下洋輔事務所のfacebookページ

様々なかたちでの情報発信を心がけております。
教育コンサルタントのコンセプトやアイデア、活動をfacebookページを使って報告しております。

facebookを活用されている方は、以下のページに「いいね」のボタンを押して頂けると、教育コンサルタントにまつわる情報をチェックすることが出来ます。

   ◆教育コンサルタント山下洋輔事務所
  http://facebook.com/education.design

よろしくお願いします。

柏まちなかカレッジのfacebookページ

様々なかたちでの情報発信を心がけております。
柏まちなかカレッジの講座情報や企画・準備などの活動をfacebookページを使って報告しております。

facebookを活用されている方は、以下のページに「いいね」のボタンを押して頂けると、私やスタッフ、参加者の方々の報告をチェックすることが出来ます。

   ◆柏まちなかカレッジ
  http://facebook.com/machicolle

よろしくお願いします。

柏まちづくりチーム一揆のfacebookページ

様々なかたちでの情報発信を心がけております。
まちづくりのアイデアや活動をfacebookページを使って報告しております。

facebookを活用されている方は、以下のページに「いいね」のボタンを押して頂けると、私や参加者の方々の報告をチェックすることが出来ます。

   ◆柏まちづくりチーム一揆
  http://facebook.com/ikki.kashiwa

よろしくお願いします。

2011年07月20日

アフリカで主体的な市民の育成を支援

以下、『BE−COM 4月号 vol.208』(2010.4.1 BE・COMときわ通信発行)に掲載より引用


アフリカで主体的な市民の育成を支援

 


【熱い視線が注がれるアフリカ】


 今年、サッカーワールドカップが、初めてアフリカ大陸で開催される。アフリカの国々が、次々に独立を果たした「アフリカの年(1960年)」から、ちょうど50年の節目の年だ。世界の陸地全体の約2割の面積を占めるアフリカ大陸。そこには、世界のダイヤの6割、プラチナの9割、コバルトの4割がアフリカに集中し、石油や天然ガスの埋蔵量も1割はあると推定される。まだ探鉱されていない未開の地も多い。今、熱い視線がアフリカに注がれている。


 


【アフリカ独自の知恵】


 アフリカは、古くから交易を行い、商業が盛んな地域であった。地中海、大西洋、インド洋、ニジェール川などの大河、サハラ砂漠を経由し、イスラム圏や中華圏との世界的なネットワークを形成していた。中国の磁器、貨幣、絹織物、インドのガラス玉などがアフリカの都市から出土し、その交易範囲の広さを証明した。マリ国王がメッカに巡礼した際、あまりにも豪華な行列であったため、沿道のイスラム諸国は驚いたという記録も残っている。


私とアフリカとの出会いは、ブラジルのカポエィラがきっかけであった。カポエィラとは、武道であり、伝統芸能であり、西アフリカにルーツを持つ。音楽、歴史、祖先や自然への敬意など、アフリカの叡智がつまっている。ニューヨークで、ブラジル人から、西アフリカの話を聞く。そんな世界の広がりを体感した。アフリカの独特のリズム、色彩、彫刻、デザインは、20世紀のアートに大きな影響を与えた。


 


【住民参加の学校運営】


 アフリカ全体の人口は、約9億人。世界の約七分の一だ。今、都市部を中心に急激な勢いで人口が増えている。飢饉、紛争、貧困、病気などにより、学校へ行けない子どもが多いのが現状である。地下資源のみならず、教育による人材開発が、今後の課題である。


このようなアフリカに対し、世界は援助を行ってきた。この援助のあり方が、今、転機を迎えている。援助は物資ばかりではない。大切なのは、社会づくりである。そのためには、社会の自治性を高める必要があるといったJICA(独立行政法人国際協力機構)理事長・緒方貞子氏のお話が印象的であった。


例えば、給水塔を建てれば、それを管理する組合を作る。つまり、地域の人々たちが意識を持ち、自分たちの力で何かやろうという気持ちになってもらう。そのために、地域に必要なことを、地域の人たちが考えて、実行していく仕組みを作る。支援する側の考えではなく、そこに住む人の側に立った支援を模索している。このように考えると、日本のコミュニティ自治にも共通したテーマとなる。


 そんな中、私が注目しているのは、JICAの「みんなの学校プロジェクト」である。これは、住民が学校運営に参加することで教育への意識を高めていこうというものである。世界銀行をはじめ各国の支援により学校建設は進められ、ハード面は充実してきた。しかし、教員の質や親の意識は低いままの地域が多い。学習内容も地域のニーズにあっていなければ、仕事を休んで学校に通う意味も見出せない。そこで、教育のソフト面の充実と親の意識改革が求められていた。また、海外からの支援が撤退しても、地域で自立的に学校を管理・運営できることも必要である。このような背景から、「みんなの学校プロジェクト」は、ニジェール政府の政策と連動してスタートした。マリやブルキナファソといった周辺の国々でも、みんなの学校の実践が広まっている。


 


【地域からの国際交流】


 学校に行けない子どもの問題は、少数民族や途上国の女子などをイメージするが、「自らの潜在能力を伸ばし、夢を実現し、教育を通じてよりよい将来を築く機会を奪われている」という観点で考えると、日本の不登校児童・生徒も該当する。環境の違う、遠い国の事例のほうが、問題の本質が見えやすい時もある。アフリカで、住民参加の学校運営により、女子の就学率向上を成し遂げた事例は、日本の学校にも参考になる。


 私たちが行っている柏まちなかカレッジは、まちの人が先生・まちがキャンパス・市民参加型の学校運営である。「みんなの学校プロジェクト」と相通じる所が多い。そこで、JICAの勉強会で、柏まちなかカレッジの事例を報告する機会を得た。


もともと、私は、日本の教育を世界に発信するために、大学院に進学した。授業記録や授業記録、教員同士の学び合い。そういった綿々と伝わる日本の教育実践を世界に紹介し、普及させたいという思いがある。一市民に過ぎない私でも、遠く離れたアフリカの教育に、曲がりなりにも貢献することができた。これからの時代、グローバル化が進み、自分の考えや思いが世界に広がるチャンスは増えてくるだろう。よりよい社会を目指そうという連帯が、身近なところから始まっていることを実感している。


 


(柏まちなかカレッジ学長 山下 洋輔)



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2011年07月17日

再チャレンジを支える地域の力

以下、『BE−COM 4月号 vol.222』 (2011.4.1 BE・COMときわ通信発行)に掲載より引用

再チャレンジを支える地域の力


【近代社会事業の父・原胤昭】


柏市手賀に、原氏の墓所がある。道路脇に小さな案内はあるが、名所として知られているわけではない。原氏は、下総国相馬郡手賀の領主であった千葉一族である。この原氏では、元和九(一六二三)年に火刑にあった殉教したキリシタン原主水(胤信)が知られている。


手賀地域は、手賀沼や新利根川の交通の要衝として栄えた。明治時代には、この地にニコライ大司教によるハリスト正教の手賀教会堂が建てられた(わらぶき屋根の和風の建築で、旧手賀教会堂として現存する)。信者は、三百人を超えたという。明治期、キリスト教は、都市部で広がったと言われる。この地は、時代の最先端であったのだ。


さて、お墓の話に戻る。この原氏の墓所に、小さな墓石が並んでいる。これらは、原胤昭が、前科のある人たちを更生保護し、埋葬したものである。先祖代々の墓所に、前科のある人たちを埋葬するというのは、時代状況や由緒ある家柄ということを考えると、周囲からの反対を押し切っての一大決断だったと想像できる。


原胤昭は、江戸南町奉行の最後の与力であり、熱心なキリスト教信者だ。原女学校というキリスト教学校も建てている。自由民権運動時の出版で、自分自身も投獄され、監獄でひどい仕打ちを受ける。その経験から、監獄の改良を主張し、教誨師としての活動を始めた。また、原は、前科のある人たちは社会的な偏見や差別を受けるため、再犯が多いと考え、更生保護施設を東京・神田の自宅に設ける。さらに、低所得者向けの住宅も東京・田端に建てた。原胤昭は、そのキリスト教精神や最後の与力の記録として注目を集めてきた。今日、社会起業家として、ますます注目を集めるであろう人物である。


前科ある人たちを同じ敷地に埋葬した原氏の墓所は、原胤昭の精神を表現した貴重な柏の史跡である。



【ある保護司の活動】


現在の更生保護について紹介したい。犯罪や非行をした人が、地域の中で生活しながら、国家公務員の保護監察官や地域のボランティアである保護司の支援をうけながら、立ち直りをはかろうという保護観察の制度がある。


あるきっかけから、約二十年この保護司を続けているTさんからお声をかけて頂き、私も関わらせてもらうようになった。保護司のTさんは、保護観察の後も、生涯にわたって更生を支援したいという思いから、就職や生活の相談を続けてこられた。そのTさんは、昨年、病気を患われたことをきっかけに、個人の力だけではなく、多くの方々の協力を得ながら活動していかなければと思うようになり、更生を支援する会を立ち上げることになった。Tさん、Tさんに保護観察を受けた教え子、協力的な雇用主、Tさんの考えに賛同する方たちが集まりまった。


重いテーマだ。Tさんへの信頼と状況をわかる人たちが集まるので、核心に迫る質問が投げかけられる。就職の相談もあり、現実的な話し合いが行われる。教育、政治・経済、地域社会、家庭問題さまざまな社会問題が凝縮している。ここに参加するたび、裸の自分が試されているような気持ちになる。

【再チャレンジを支援】


更生保護の会は、私の教育の原点に帰らせる貴重な場でもある。学生の時、金沢泰裕『イレズミ牧師とツッパリ少年達』を読んだ。元ヤクザだった作者が改心し、小さな教会で、暴走行為や薬物汚染の迷える少年たちと格闘し、交流する記録だ。正直なところ、一度、失敗を犯してしまうと、再チャレンジが難しいという現実がある。だからこそ、再チャレンジのための支援が必要になるのだ、と強く感じたのを覚えている。


高校で教員をしていた時、PTAや商店の方々、卒業生など地域の方々に支えられて、教育にあたってきた。不況からデパートや大型店が撤退し、まちから活気がなくなり、治安も悪くなった。家庭環境も悪くなる。まちへ出ると、良くない誘惑や人生を諦めさせるような発言を大人が行っている。人とのつながりも弱くなり、地域で人を育てきれなくなっているのを感じた。学校教育だけでは解決できない、何とかせねばと思い立ったのである。


大学院での研究や学校外での教育活動を通じて、地域での教育力の重要性を実感した。学校で活躍できなくても、お手伝いをして近所のおばさんに誉められる。夜遅くに歩いていたら、心配される。失敗しても、長い人生経験から励ましてもらえる。そんな地域になって欲しい。


社会や時代のせいばかりにせずに、身近なところから良くしていくような協力をしていきたい。そんな思いを持って、日々活動している。


 


(柏まちなかカレッジ学長 山下 洋輔)




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2011年07月14日

フューチャーセンター−対話による課題解決の場

以下、『BE−COM 2月号 vol.220』 (2011.2.1 BE・COMときわ通信発行)に掲載された私のコラムです。
フューチャーセンターという対話による課題解決の仕組みを提案しました。


 フューチャーセンター−対話による課題解決の場


【隠れた善意が表出】


「伊達直人」と名乗り、ランドセルなどの寄付が相次いだタイガーマスク運動。個人の善意がまたたく間に広っていった。私の身のまわりでも、何とか社会を良くしたい、社会貢献に関わりたいと考える人が増えてきた。政界や財界への不満や失望を強調するばかりではなく、自分たちの身近なところから、少しでも世の中が良くなるように働きかけようという機運を感じる。


このような一人ひとりの善意を表に出せるよう、何かきっかけを作ることができればと考えている。一つのアイデアとして、フューチャーセンターという仕組みを試みた。


【フューチャーセンターとは】


事業仕分け、シンポジウム、タウンミーティングなどが多く開かれている。しかし、必ずしも政策への連結がうまくいっているわけではない。昨年、柏市でもタウンミーティングが行われたが、不満や陳情があふれていたと聞く。課題を分析し、指摘することは大切である。しかし、その解決を行政任せにしていては、限られた財源の中では限界がある。結果的に、解決せず、再び批判の対象となる。悪循環だ。


そんな中、オランダ・ノルウェーなど欧州で、企業やNPO、行政などで効果をあげているフューチャーセンター(以下、FC)に注目した。FCでは、複数の省庁の担当者、民間企業の担当者、市民などが集り、分け隔てなく議論をし、認識を共有し、革新的な政策コンセプトを立案している。FCとは、組織が積極的、協力的、そして体系的な方法で、未来の準備を手助けする、ファシリテートされた場(仕事と会議の環境)の総称である。組織(行政・企業など)を活性化し、対話を使って問題全体を俯瞰し、未来の課題を解決していく装置とも言える。


このFCは、たいてい行政から委託された第三者機関である。中立な立場を保つ。話合いが長期間に及び、首長が交代した場合でも、継続して進められる。


今のところ、日本では富士ゼロックスなど数社の民間企業でしか行われていない。現段階では、部署を横断した話合いの場や研修の場として機能し、そこから新たなプロジェクトが生まれることも期待されている。


【討論の限界と対話の可能性】


本場のFCでは、複雑な課題解決のために、関係者が召集され、缶詰状態で話合いをさせられる。決して、簡単なものではない。話合いが、長期間に及ぶことも多い。裁判が二者間による討論とすると、FCは複数間での対話とイメージして頂きたい。


裁判や議会は、基本的に、討論である。相手の主張の欠点や弱点を探して、反論を組み立てながら話を聞き、自分の考えが正しいことを主張していく。どちらが正しいかという議論になり、両者の主張がぶつかり合う。これに対しFCは、対話を基本とする。相手の主張を理解しようと話を聞きながら、価値観を探り、共通点を見出していく。様々な立場から考え、アイデアを持ち寄り、新しい選択肢を見つけようとする。


国会での討論を見て、これでは創造的な話合いにならないと痛感している。両者が、自分の主張が正しいと、相手を批判する。討論が平行線をたどり、多数決によって結論が出される。多数決は否定するわけではない。しかし、話合いの裏側での工作活動で決まってしまい、納得のいかないこともある。


多様な価値観が存在する今日、「正しい主張」を判断するのが難しくなってきている。FCでは、深刻な課題を話合うために、ファシリテーターによって対話の技術が用いられる。多角的な視点から、課題解決の目的に応じた話合いが設計される。


反対の立場の人にとって、討論で出た結論は押しつけられたものになる。しかし、対話から出てきたアイデアは、関係者自身で作り上げたものなので、実現に向けた協力体制が生まれやすいのである。


 


【柏で日本初の開催】

行政に関わるFCは、まだ日本にはない。そこで、日本初の試みとして、今年一月九日に柏のまちなかカレッジ主催でフューチャーセンターを開いた。日本で初めてフューチャーセンターを企業に導入した荒井恭一氏を招き、行政職員、まちづくりに関わる活動家などが約三十名集まり、それぞれの肩書きをはずした一市民として、よりよい柏に向けた対話が繰り広げられた。


柏まちなかカレッジで、引き続き、FCを開催していく。本場のFCのように、関係者に対して強制力のある運営組織ではないが、一つのモデルを示していきたい。施設を作ろうというものではない。集まって対話する場をコーディネートすることから始める。対話によって、複雑に絡み合った問題をほぐしていくきっかけ、大きな組織での部署を横断したプロジェクトが生まれるきっかけを。そんな前向きな場つくりを模索していきたい。


(柏まちなかカレッジ学長 山下 洋輔)



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2011年07月13日

教育コンサルタントのサイト

教育コンサルタント山下洋輔事務所のホームページがあります。
仕事の具体的な内容について見てみたいという方、
ぜひ、ご覧になってください。


教育事業、文化事業、人材育成に関連する情報を
facebookページからも情報発信しています。
「いいね!」を押して頂き、いろんな情報を共有できれば幸いです。

http://www.facebook.com/home.php?ref=home#!/pages/%E6%95%99%E8%82%B2%E3%82%B3%E3%83%B3%E3%82%B5%E3%83%AB%E3%82%BF%E3%83%B3%E3%83%88%E5%B1%B1%E4%B8%8B%E6%B4%8B%E8%BC%94%E4%BA%8B%E5%8B%99%E6%89%80/197002587019096?sk=info

自分たちのまちは、自分たちで良くしていこう!

ご近所にあるコンセプトセレクトショップiii3。
店の前に机と椅子を置き、オープンカフェのように人が集まっています。

そのiii3で、ゲリラ的に花を植える集団・バリカンズの映像を教えてもらいました。
「自分たちも、柏で行動していきたいね」そんな話で盛り上がりました。

自分たちのまちは、自分たちで良くしていこう。そんな小さな行動の輪が、まちに広まっていくのは素敵だと思います。この柏でも、色んな動きを起こしていきたいです。
http://www.youtube.com/watch?v​=OviBqVQ2kKU&feature=youtube_g​data_player


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2011年07月11日

「教育のまち」Tシャツ完成!



「教育のまち」Tシャツが完成しました。
柏の課題は、山積みですが、私の経験や研究成果に基づいたビジョンを、一言にまとめました。
「教育」といっても、学校教育だけではありません。
卒業して仕事をすればビジネスのこと、家庭を持てば子育てや医療・福祉、地域のこと、そして人生を豊かにする学びもあります。
さらに、高齢者の経験や知恵を、次の世代につなげていくのも教育の役割です。
この柏のまちが、「教育のまち」として、学びのチャンスに恵まれ、人と人との出会いや精神的な充実のあふれるまちにしていきます。
大人が学ぶ姿は、子どもに、良い影響を与えます。
良い教育環境の整ったまちは、人をひきつけ、人を育てていくという、プラスの循環を生み出します。

中学の生徒会経験と仲間

柏駅東口でのトークライブ中、中学生の生徒会で知り合った友達と出会った。
他の学校の生徒会会長。市内の生徒会役員で、生徒会連合という形で、卒業後も集まっていた。
みんな他人のために、何とかしようという気持ちがあり、そして、見て見ぬふりのできない正義感や社会的な責任感が強く、気が合う仲間たちである。
中学生時代、生徒会で、これまでにない文化祭を実現させた。環境をテーマにし、18年前にしては、よく考えていた。
思い返せば、あの頃も、学校まかせではない、「みんなでつくる学校」をうったえ、行動してきた。今と、あまり変わっていない。
校長先生からは、ケネディの「国家に何にをしてもらおうというのではなく、国家のために自分が何ができるかを考えなさい」という演説を教わった。その教えが、私の原点なのかもしれない。
その時の生徒会友達や校長先生が、今でも応援してくれる。一緒に一生懸命、頑張った仲間は、人生の宝だ。

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2011年07月09日

移動中も、みなさまの声を聴きます。



駅前トークライブ終了後、柏駅から家まで、柏駅前通り商店街、ハウディモールを通って、こんな姿で歩いています。家にたどり着くまでに、いろんな方から声をかけて頂きます。

2011年07月03日

トークライブ@柏駅東口ダブルデッキ



毎朝、毎夕、柏駅東口ダブルデッキにて、駅頭活動を行っています。
昨夜(7/1)は雨のため、柏駅に立つのが遅れてしまいました。
時間が短くなったので、
急きょ、トークライブを開催することにしました。

周囲のストリートミュージシャンを見て、マイクは使わず、自分の声で伝えようと思いました。
マイクなし。組織なしの一人。お金もなし。
も、肉声と柏を良くしたいという気持ちと、仲間が作ってくれたビラに、思いを込めて語りました。


自分の思いを語っていたら、私の憧れていた先生に出会いました。
お会
いしたことはありませんでしたが、駅伝の監督として、多くの学校を強くしてきた話を聞いていた先生です。

私自身、ハンドボールや軟式野球の監督を経験しました。
専門でない競技を指導するため、監督としての研究に励んでいました。
お陰で、軟式野球では、関東大会出場を果たしました。

憧れの先生から応援のお言葉を頂き、勇気付けられた夜でした。


2011年07月02日

「哲学への権利」上映・対話会 @柏まちなかカレッジ

7月2日14時から17時、東葛飾高校地学室にて、
映画「哲学への権利」の上映・対話会を開催しました。

私が、『哲学への権利』(勁草書房、2011/2/17)というDVD付きの本を読み、
amazon.co.jpに書評を書いたことがきかけで、著者・監督である西山雄二氏(首都大学東京准教授、国際哲学コレージュ・プログラムディレクター)と知り合うことになり、実現した講座です。

映画「哲学への権利――国際哲学コレージュの軌跡」(84分)の上映会。
その後、休憩をはさみ、この映画監督である西山氏および東葛飾高校生徒との討論会を行いました。
CIMG1683
【今日の趣旨と柏まちなかカレッジにいて語る学長の山下洋輔】

この上映・討論会は、哲学を専門とする世界各国の大学で開催されてきましたが、
今回は、私たち「まちカレ」の地域の方々と高校生が参加するということで、
「本来は、こういう形で開催したかった」と監督の西山氏が言って下さりました。

この映画は、1983年に哲学者ジャック・デリダらがパリに創設した半官半民の研究教育機関「国際哲学コレージュ(CIPh)」をめぐる初のドキュメンタリーです。

CIMG1685
【映画を真剣に観る受講生】

国際哲学コレージュは、柏まちなかカレッジと共通するところが多く、
私たちの活動を、より深く知ってもらうために、ぴったりの講座です。

「柏まちなかカレッジ」は、哲学カフェやサイエンスカフェの流れをくむ地域活動です。
「柏まちなかカレッジ」は、誰でも先生になれ、年間カリキュラムもなく、入学資格もなく、スタッフも無報酬です。

そんな私たちの特徴や可能性だけでなく、課題も参考になります。
現在の教育制度への問い直し、経済原理と価値、場といったテーマは、
国際哲学コレージュや柏まちなかカレッジのみならず、ビジネスや地域など現代社会においても重要なものと感じました。

CIMG1686
【補足の話や問いを投げかける西山先生】
高校生に向けて、フランスの大学受験やフランスと日本の大学について話してくださりました。
フランスでは高校三年生になると週に8時間「哲学」の授業があります。
テキストにもとづいて、対話形式で行われます。
大学入試では、「哲学」は4時間の論文試験です。
初日に行われ、歴史や文学に比べて、配点が高くなっています。重要な科目と位置付けられているわけです。
学生に徹底的に考えることを要求します。

映画から、「無償性」と「場所」についての問いが投げかけられました。
ここから繰り広げられる哲学の世界に、高校生は素直に質問し、大人は自分の経験などをもとに考えを進めようと真剣に参加しました。

今回、自由に考える機会を得られたわけですが、これは当たり前のものではないということにも気づかされました。
ここから先は、考えてはいけないという領域が設けられている社会もあります。
自由に考えることが許される社会。
そういった社会を守っていく大切さに気づかされました
CIMG1689[]

何より、上映・討論会という場を作りながら、哲学の可能性を問い直している西山氏の活動に心を打たれました。
柏まちなかカレッジを通して、個人の長所、地域の魅力を引出していく場を作っていこう
と、私たちも初心に帰ることができました。



2011年06月30日

選挙啓発ポスターにレイソルの茨田選手、「僕は選挙に行きます。」

2011年8月7日(日)投票の柏市議会議員選挙の投票率向上をはかった啓発ポスターが作られました。

20歳代の投票率が他の年代に比べ,低いことから若い世代にも関心を持ってもらえるように、今年5月30日に新成人となった茨田陽生選手とマスコットキャラクターのレイくんが起用されました。
http://blog.reysol.co.jp/news/2011/012271.html

しっかり投票している世代の意見は、政治に反映されやすいものです。
若い世代が投票することで、政治にも若い意見が取り上げられていくことになります。
面倒だったり、迷惑だったりするかもしれません。
しかし、自分の投票した1票が、社会を変える力を持つのは確かです。

一方で、投票率が低いのは、政治の責任でもあります。
政治には、うんざりな現状です。
未来に希望の持てるビジョンが求められています。
そして、口だけではなく、正直に、実行していくことが、政治への信頼の回復につながるはずです。

政治への不満を述べているばかりの自分に満足できません。
社会のために、少しでも自分のできることをやっていかなければ気がすみません。
あきらめず、小さな力でも、社会を良くしていく可能性があると信じて、行動します。

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2011年06月27日

「greendrinks 柏」に出演(7/23 19:00-)

7/23(土)、「greendrinks 柏」に出演いたします。

「green drinksは、ニューヨークやハワイ、中国からボツワナまで世界の600都市以上で開催されているグリーンやエコ、サステナビリティをテーマにした気軽なパーティ」。

「地域おこしに、仲間づくりに。LOHASな奥様のママカフェに。たくさんの出会いを作るパーティ。世界だけでなく、日本全国で開催」されてきたそうです。

私たち、柏まちなかカレッジでやってきた「対話カフェ」のような集まりと言えます。
パリのカフェやロンドンのコーヒーショップに人が集い、対話を通して社会を変革していった歴史を彷彿とさせます。

【日時】 7/23(土)19:00〜22:00
【会場】 AZITO http://cafe-azito.com/index.htm

http://greendrinks.jp/gds/green-drinks-kashiwa/

このgreen drinksを企画したのは、土浦日大高校での教え子・吉岡龍一くん。
今では、「柏を盛上げていこう!」、「よりよい地域を作っていこう!」という同志です。
カシワカラという、Think Locally Act Locallyをコンセプトに

サステナブルなライフスタイルを提案していく「柏」発のプロジェクトを立上げ、
クリエイティブチーム「ta-re」のtokkunらを中心にデザインの力で
サステナブルライフにシフトするようなシカケを日常に創り出しています。
http://kashiwakara.com/





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2011年06月08日

トークカフェ@ストリームヴァレー

トークカフェ @ ストリームヴァレー

Talk cafe @ Stream Valley




「みんなでつくる柏のまち」



柏のよりよい未来をつくっていくため、語り合いましょう。

高齢化、人口減少、地域の商業・経済、環境など、課題が山積です。

行政に任せきりではなく、自分たちまちを、自分たちで考える機会となれば幸いです。

教育を柱に、地域の絆を強め、地域活性化に取組んできた事例にもとづいた、柏まちづくりビジョンも紹介します。



ストリームヴァレーにて、新しい時代の幕が下ろされます。




プレゼンテーター 山下 洋輔(柏まちなかカレッジ学長、教育コンサルタント)

司会 長井 悠(ハバタク株式会社 取締役、レゴRシリアスプレイRメソッド公認ファシリテータ


日時 
616日(木) 2000分〜2130
場所 ストリームヴァレー
申込み 0471700668(山下)、yosuke.g@gmail.com
※定員10名(申し込み順にさせていただきます。)

主催 柏まちづくり倶楽部


 


 


 


 


 


 



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2011年06月06日

小学生のお母さんの声とコミュニティ・スクール構想

もっと早く、この記事を書かなければと思いながらも、
正確な情報であるかどうか、
よく考えて発信していくことが誠実な姿勢ではないかと考え、
今にいたっています。

毎日、たくさんの方々とお話させて頂いています。
その中で、一番多いのは、放射性物質に関する話題です。
お子様を持つ親御さまにとって、切実な内容です。

「僕が代われるのなら、大気を全部吸い込んで、
放射性物質を私の体で全部、引き受けたい」
そんな話もお聞きしました。

子を思う親御さんの強い願いです。
そういった声を、ブログに紹介するだけでも意味があると思い、
現段階での思いを綴ることにしました。

校庭の土を削り、コンクリートで固め、タータンを敷く。
そんな要望をお聞きしました。

まずは、現状が危険なのかどうか。
そして、この対処が正しいかどうか。
現時点では、わかりません。

でも、もし、子どもたちに危険性があるのなら、
なんらかの対応をとっておかなければならないわけで、
あとで人体に症状がでるよりは、
あの時の対応は大げさすぎた、と反省する方が望ましいはずです。

それを実行するにあたっての財源の話になるでしょう。
ここは、みんなで考えなければならない話です。
人体に影響を及ぼすような事態なら、「お金がないから対処できない」という問題ではありません。
どうやったら、対処できるかを考えなければなりません。

税金であったり、汗水を流す作業であったり、
市民が相応の負担しなければいけません。

私は、以前より、海外のコミュニティ・スクールについて研究し、実現できないか考えてきました。
コミュニティ・スクールとは、保護者・生徒・教員・学校・地域・教育委員会が一体となって、保護者や地域の声を直接に学校運営に反映させる仕組みです。

今回のようなお母様からの要望があっても、「教育委員会が・・・」「県が・・・」「国が・・・」といって、どこに話せばいいかわからないといった声も聞きました。
もし、校庭の地表を削りたいのなら、その学校の判断で、実行できるような仕組みです。
その代わり、その学校で費用を調達し、地域の方々によびかけ、手伝ってもらう。
お金がなくても、「うちのショベルをつかえばいいよ」と言ってくれる人も出てくるかもしれません。

みんなが、「子どもたちのために」、「未来のために」という共通の思いをもって力を合わせて学校を運営していく仕組みです。

今まで、教育を学校に任せきりにしていた部分があるのではないでしょうか?
それなのに、学校の批判は、今まで以上です。
大人が責任の押し付け合いをしているように見えます。

政治にも、同じようなことが言えます。
行政任せで、市民は批判ばかり。
もっと、私たちが、自分たちの地域のことを真剣に話し合い、働きかけていかなければならないのではないでしょうか。

そんな時代の転換期に、市民が地域のことに参加するきっかけとして、
コミュニティスクールは、重要な役割を果たすと信じています。

教員は勉強を教えるプロです。専門的訓練をつんでいます。
しかし、今の社会は、これまでの勉強だけでは対応でいない課題が増えてきています。
保護者や地域の方々の知恵や経験が学校に活かされ、
教員や保護者の意識が変わり、
生徒にいい影響を与えます。
生徒は、多様な価値観に触れることができ、「生きる力」を育みます。
学校が地域コミュニティの中心になり、世代間交流はもちろん、地域の大人同士の交流の機会を作り、新しい地域のプロジェクトが生まれるきっかけにもなります。
さらに、その結果として、治安もよくなります。
教育が地域に根ざすことで、地域の力になるのです。

今、このような状況で、私にできることは、考えるための対話の場を設けることです。
そのほか、具体的には、これからも、様々な事態が想定されるわけで、
その時に向けた態勢を整えることです。
その態勢の一つとして、教育面から、コミュニティ・スクールを提案した次第です。



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2011年06月03日

山下洋輔さんと山下洋輔

日本経済新聞の「私の履歴書」2011年6月を執筆されているのは、Jazzピアニストの山下洋輔さん。
私と同姓同名です。
小学生の頃から、新学期に先生が名前を確認するたびに、「山下洋輔」と同じと言われ続けました。
お陰で、私の同級生の友達も、小学生にして、「山下洋輔」を知ります。
Jazzが何か分からないうちから、私は「山下洋輔トリオ」の演奏を聴いていました。

2009年秋、山下洋輔さんが、「アートラインかしわ」に出演されました。
これは、またとないチャンスです。
手紙と花束とサインしてもらうための古いレコードを持参し、お話できる機会をうかがいました。
アートラインのスタッフの方々やハウディモール(柏駅前通り商店街)の方々のお力もお借りして、対面を果たすことができました。
それ以来、ライブに行くたび、ご挨拶させて頂いたり、メールで近況報告をさせて頂いたり、親戚のおじさんのように親しく接して頂いています。
山下洋輔さんのご先祖は鹿児島出身で、「ドバラダ門」などに書かれています。
私の父も鹿児島出身で、私の弟は鹿児島市で建築家になりました。
本当に不思議なご縁です。

そして、山下洋輔さんは、「アートラインかしわ」やのメンバーの方々と私を引き合わせてくださいました。
山下洋輔さんの「アートラインかしわ」でのイベントをきっかけに、メンバーの方々と出会い、まちづくりを語り合い、共に活動するよううになりました。
その後、「アートラインかしわ」のスタッフとして、お手伝いさせて頂いています。

KIF_5404
「山下洋輔さま  山下洋輔」という不思議なサイン


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2011年06月02日

紙と木綿と松坂商人

以前、伊勢に旅行した後、書いた文章です。

この後、東京・日本橋の小津産業を訪問するなど、様々な展開がありました。

高校の授業での教材を作ったり、企業の歴史を調査したり、歴史を生かしたまちづくりに関わったり、そんなきっかけとなった文章です。


紙と木綿と松坂商人


古くから街道の要衝の地として栄えた松坂は、蒲生氏郷により城下町が開かれた[天正16(1588)年]。
氏郷は、伊勢神宮の参宮街道を町に引き入れ、近江商人を招くといった江戸時代松坂の繁栄の礎を築いた。
この松坂から、三井をはじめとする多くの豪商が出た。

また、松坂は、木綿織物の一大産地であった。
松坂木綿は、品質が優れているだけではなく、デザイン性にも優れていた。
シマ柄で粋な江戸庶民に大いにうけた。
この木綿を商ったのが、松坂商人であった。
江戸・大伝馬町一丁目に軒を並べた木綿問屋へは、毎年約55万反もの木綿が送られたという。

2006年
3月、Rとこの松坂の地を見学した。

松坂城跡、本居宣長にまつわる史跡、三井家発祥の地など興味深いものが多かったが、なかでも印象に残ったのが「松坂商人の館(旧小津清左衛門家)」であった。
立派な木材で組まれた、昔ながらの建築。
毎日約1万人が家の前を往来し、多くの人が働いていた場所。
仕事場、台所、居住スペースから当時の様子をうかがうことができた。
千両箱が10個入る万両箱は他では見ることができないそうだ。

この小津家は、1653(承応2)年に江戸に紙店を開業し、1698(元禄11)年には隣地に木綿店を開いた。1755(宝暦5)年には、三井家などとともに紀州藩の御為替御用を命じられている。
明治以降も銀行や紡績業などで発展を遂げた。
関東大震災、昭和恐慌を機に経営が悪化したが、現在でも紙を中心に創業以来の場所で営業を続けている。

家に帰り、現在の小津家の事業を調べてみた。
人工透析の止血用不織布、自販機向け清掃用不織布ワイパーの開発などが目を引く。
江戸時代からの紙や織物の技術が、現代の高度なテクノロジーに応用されていることに驚きと感動を覚えた。
携帯電話やパソコンの内部の部品にも、和紙が使われていると知る。
江戸時代の技術を改めて見直す機会となった。



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2011年05月29日

地域づくりコンサルタント・高校同級生の嶋田俊平君からのメッセージ

山下洋輔君とは、実は同じ高校の同学年でしたが、在学時には、全く接点がありませ
んでした。そんな彼との再会は、卒業して十数年経った昨年のこと。Twitter上に、
なんか常に「柏への愛」を発信している熱い男がいるなあと思い、何気なくフォロー
したのが、彼でした。
恥ずかしながら私は当時柏に住みながらも柏に対してあまり思い入れもなかったので
すが、彼の発する怒濤のような「柏の面白い人情報」「柏のいいとこ情報」「柏の頑
張ってるNPO情報」、そして「柏をこうしたいプラン」にさらされているうちに、柏
のことが気になって気になってしょうがないようになってしまいました。彼なら、柏
をもっと良くしてくれる、柏の良さをもっと全国に発信してくれる、そんなふうに確
信しています。


地域づくりコンサルタント 嶋田俊平



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2011年05月28日

柏まちづくりビジョンが示された「INVITATION」

invitation
写真は、進行中のまちづくりの取組みや柏の魅力を集め、紹介するるための作品です。
柏をもっと好きになってもらいたいという思いで作成されました。
わずかながらではありますが、このプロジェクトに関わり貴重な経験を得ました。

この本を手に取られた方が、
「柏はいい所だねぇ、捨てたもんじゃないねぇ」
とページをめくっては、戻って、何度も何度も読み返していただき、嬉しかったです。

 以下、「INVITATION 刊行にあたって」より
・・・人口減少時代に突入し、都市間競争は激化の一途をたどっています。
私たちは「多くの人が住みたくなる街、柏」を実現するためには、「シビックプライド(地域への誇り)」の醸成が必要と考えています。
・・・「INVITATION」には”素晴らしい街、これから更に素晴らしくなる街、柏への招待。そして広がりつつあるまちづくりの輪への招待”という意味が込められています。

2011年05月23日

東葛飾高校同級生、久冨篤郎君からの応援メッセージ

山下君は昔から真直ぐな人間です。
彼の教師時代、2人で酒を酌み交わした時に、
現実の問題点とその解決策を熱く語っていた姿を今でも記憶しています。
そんな彼が多様な経験の中で、柏への熱い想いから導いた
「政治への挑戦」という決意を全力で応援します!
彼と青春時代を共に過ごした柏のまちが、素晴らしい街になると確信しています。 

メーカ勤務 久冨篤郎


遅くまで、飲みながら、教育の話を聴いてくれた篤郎君。
企業や経済の話や会社員としての生活も話してくれました。
そんな友達との対話から、今の自分があるのだと思います。

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2011年05月21日

東葛飾高校同級生、柏女霊照君からのメッセージ

私が、政治の道に挑戦すると聞き、応援のメッセージを書いてくれました。
本当にありがたいです。

以下、柏女霊照君からのメッセージ。

歴史の教師らしく蔵書が豊富で「どこで見つけてくるの?」という本が、本棚に詰め込まれています。また、その知識もさることながら、実際に現地を訪れて肌で本の内容を感じてくるあたりが流石です。そういえば高校時代もフットワークが軽く、いろいろな所によく顔を出していました。知識と行動力が伴う山下洋輔くんならば、頭も体も「フルスロットル」で僕らの母校のある柏の街を良くするために、駆け回ってくれると信じています。
広告業 柏女 霊照

2011年05月20日

教え子のブログを読み、感激

教え子のブログを引用します。
読んでいて、嬉しくて、嬉しくて、思わず泣いてしまいました。

http://daizudayo.blog80.fc2.com/blog-entry-1152.html


「やろうと思えば」

昨日、最寄のラーメン激戦区で夕食をとろうと、町を散策していると、高校時代に日本史を教わっていた先生と、偶然再会した。

先生が何をやっていたかと言えば、政治の世界に足を踏み入れるため、街頭で声掛けを行っているところだった。

僕の存在を認知するなり、先生は笑みと驚きを混ぜたような表情でハイタッチ。明るい、先生らしい反応だった。

先生とは、日本史の時間によく話をしていた。僕は予備校に通っていたことから日本史が得意だったし、先生の質問にぱっぱと答えていたという理由で、「日本史のキャプテン」という仰々しい称号を賜っていた。

自習時間に先生がくれば、先生と将来のことを話していた。夢のなかった自分。そんな僕にも説教っぽくではなく、同じ目線に立って話を聞いてくれたことを思い出す。

思えばあの頃から、先生は「志を高く」というようなことをおっしゃっていた。
他の先生とは違って、生徒の側に立って物を考えてくれた先生は、他の教員から怒られることもためらわず、生徒の盾になってくれたこともある。

きっと、担任のクラスの連中に聞けば、もっといい話・悪い話があるだろうが、僕が知っているのはそこまで。
僕の住む地域とは直接的な関係はないが、先生の活動拠点にもきっと影響を与えられるだろう。

僕は精一杯協力したい。

やろうと思えば、行動はいくらでも起こせる。

先生は教えずして、僕たちに教えてくれている。

山下洋輔先生、頑張ってください!


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2011年05月19日

それぞれの襷(たすき)

駅に立って、ご挨拶していると、
いろんな方々とお会いすることができます。
特に、久々に再会できるのは、嬉しいことです。
昨日の「襷に込めた思い」を載せチラシを柏駅東口で配っていました。
そこに土浦日大での教え子から声をかけてもらいました。
その後、彼からメールもらったメールを紹介します。

「今日柏駅ビックカメラ付近で偶然にも再会した○○です。

土浦日大時代はお世話になりました。

久しぶりにお会いできて良かったです。

僕は今美容師として頑張ってますが長男として家族みんなを最終的には支えるつもりで頑張ってます!
先生の襷という言葉に対して思う意味合いはいろいろあると思いますが、僕も美容師としてお客様をキレイにしてあげられる職業ということで、女性だけでなくとも美しさを継続または見出だしたり気付かせてあげられるという面では僕の仕事も考え方によっては見えない襷が行き来しているんだと考えさせられました。

漢字一文字でも考え方によっては尽きないほどの意味が何個もあるんだと気付かされました。

また明日から気持ちを引き締め仕事していきます。


長々とすいませんでした。先生もお忙しいと思いますがいつかご飯でも行きましょう。
何かの縁ですしね。
では今日1日お疲れ様でした。
おやすみなさい。」

みんな、それぞれの襷があると気づきました。
そして、見出したり、気づかせたりしていくという、
私が教育として語っていることを、彼は美容の仕事で実践しているんだと感じました。
「襷へに込めた思い」は、わかりにくい表現だとも言われますが、
じっくり読んでもらい、意味を深めてもらっていて嬉しかったです。



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2011年05月18日

人と人とをつなぐ襷(たすき)になります。

【人と人とをつなぐ襷(たすき)になります。】

 

人と人をつなげる。過去と未来をつなげる。私たちの願いを市政につなげる。

そんな、襷(たすき)に私は、なります。

みなさん、私と一緒に走ってください!


駅伝で重要な役割を果たす襷(たすき)。

ランナーの頑張り、チームの想い、チームの伝統。

そんな目に見えない力が一本の布にこめられています。


  私の役割は、襷(たすき)と同じ。

  あなたと共に走ります。

  苦しい時も一緒です。

  あなたの一生懸命を次のランナーに伝えます。
  襷(たすき)が、柏の一人ひとりの一生懸命を結びます。



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2011年05月17日

私が教師から政治家を目指す理由。

私は、以前、高校の教員として働いていました。生徒の可能性引き出す教育を目指し、学び合う環境を整備しようと一生懸命に取り組みました。なるべく生徒の近くで生活し、家庭や地域の方々の声を聞き、協力し合いながら、教育にあたってきました。その中で、学校教育だけでは解決できない壁にぶつかります。それは、まちの経済情勢や治安の悪化です。

不況で、デパートや大規模店が、まちから撤退してしまい、活気がなくなりました。それにつれて、人々の心もすさんできました。学級担任を持ち、家庭環境が悪化していることも実感しました。人と人とのつながりが弱くなり、地域で人を育てきれなくなっているのを感じました。生徒の生活の場である地域を変えなければいけない、「何とかせねば」と思ったのです。

そんな時、オランダのコミュニティ・スクールを知ります。そこでは、教育が生活に根ざし、地域の力になっているのです。私は、教員を辞め、大学院で解決策を求めながら、地域での教育活動を始めました。その一つが、「柏まちなかカレッジ」です。講座を通して、人が集まり、交流が生まれ、柏への愛着と誇りが湧き起ってくるのを感じました。

そして、この「柏への愛着と誇り」が、自分たちでまちを良くしていこうというエネルギーになると気づいたのです。この力を生かしたい。これが、私の求めた解決策だと確信しました。

個人の可能性を引き出す教育から、地域の可能性を引き出す政治へ。

「柏への愛着と誇り」を引き出し、一歩進んだ成熟した社会の仕組みを作るため、私は政治の道に進むことを決意しました。「政治が悪い」と社会のせいにしてばかりでは、何も変わりません。私は、私たちと柏市の政治をつなぐ襷(たすき)になります。自分たちのまちは、自分たちで良くしていくことができる。そんな希望を持てるまちにしなければならないと強く感じたからです。



2011年05月09日

みんなで作る博物館-吹田市立博物館

市民が企画運営に携わる吹田市立博物館を見学しました。
大阪府吹田市は、万博公園のあるまちです。
特別展「万博市民展」に関わる多彩なイベントや講演が開かれていました。
市民で作るという観点だけでなく、見学会など博物館がまちに出ていくこと、草の根の国際交流企画が、ほかの市町村立博物館にも役立つポイントになると感じました。

平成22年の特別展「災害から地域遺産をみなおす」では、災害から地域遺産を守り、次世代に伝えていくとはどういうことなのか、どうすればいいのかといった災害と地域遺産について考えられています。震災後の今、大切な提言だったと振り返っています。


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2011年04月19日

再チャレンジを支える地域の力

以下、『BE−COM 4月号 vol.222』 (2011.4.1 BE・COMときわ通信発行)に掲載より引用

再チャレンジを支える地域の力


【近代社会事業の父・原胤昭】

柏市手賀に、原氏の墓所がある。道路脇に小さな案内はあるが、名所として知られているわけではない。原氏は、下総国相馬郡手賀の領主であった千葉一族である。この原氏では、元和九(一六二三)年に火刑にあった殉教したキリシタン原主水(胤信)が知られている。

手賀地域は、手賀沼や新利根川の交通の要衝として栄えた。明治時代には、この地にニコライ大司教によるハリスト正教の手賀教会堂が建てられた(わらぶき屋根の和風の建築で、旧手賀教会堂として現存する)。信者は、三百人を超えたという。明治期、キリスト教は、都市部で広がったと言われる。この地は、時代の最先端であったのだ。

さて、お墓の話に戻る。この原氏の墓所に、小さな墓石が並んでいる。これらは、原胤昭が、前科のある人たちを更生保護し、埋葬したものである。先祖代々の墓所に、前科のある人たちを埋葬するというのは、時代状況や由緒ある家柄ということを考えると、周囲からの反対を押し切っての一大決断だったと想像できる。

原胤昭は、江戸南町奉行の最後の与力であり、熱心なキリスト教信者だ。原女学校というキリスト教学校も建てている。自由民権運動時の出版で、自分自身も投獄され、監獄でひどい仕打ちを受ける。その経験から、監獄の改良を主張し、教誨師としての活動を始めた。また、原は、前科のある人たちは社会的な偏見や差別を受けるため、再犯が多いと考え、更生保護施設を東京・神田の自宅に設ける。さらに、低所得者向けの住宅も東京・田端に建てた。原胤昭は、そのキリスト教精神や最後の与力の記録として注目を集めてきた。今日、社会起業家として、ますます注目を集めるであろう人物である。

前科ある人たちを同じ敷地に埋葬した原氏の墓所は、原胤昭の精神を表現した貴重な柏の史跡である。
CIMG1391


【ある保護司の活動】

現在の更生保護について紹介したい。犯罪や非行をした人が、地域の中で生活しながら、国家公務員の保護監察官や地域のボランティアである保護司の支援をうけながら、立ち直りをはかろうという保護観察の制度がある。

あるきっかけから、約二十年この保護司を続けているTさんからお声をかけて頂き、私も関わらせてもらうようになった。保護司のTさんは、保護観察の後も、生涯にわたって更生を支援したいという思いから、就職や生活の相談を続けてこられた。そのTさんは、昨年、病気を患われたことをきっかけに、個人の力だけではなく、多くの方々の協力を得ながら活動していかなければと思うようになり、更生を支援する会を立ち上げることになった。Tさん、Tさんに保護観察を受けた教え子、協力的な雇用主、Tさんの考えに賛同する方たちが集まりまった。

重いテーマだ。Tさんへの信頼と状況をわかる人たちが集まるので、核心に迫る質問が投げかけられる。就職の相談もあり、現実的な話し合いが行われる。教育、政治・経済、地域社会、家庭問題さまざまな社会問題が凝縮している。ここに参加するたび、裸の自分が試されているような気持ちになる。

【再チャレンジを支援】

更生保護の会は、私の教育の原点に帰らせる貴重な場でもある。学生の時、金沢泰裕『イレズミ牧師とツッパリ少年達』を読んだ。元ヤクザだった作者が改心し、小さな教会で、暴走行為や薬物汚染の迷える少年たちと格闘し、交流する記録だ。正直なところ、一度、失敗を犯してしまうと、再チャレンジが難しいという現実がある。だからこそ、再チャレンジのための支援が必要になるのだ、と強く感じたのを覚えている。

高校で教員をしていた時、PTAや商店の方々、卒業生など地域の方々に支えられて、教育にあたってきた。不況からデパートや大型店が撤退し、まちから活気がなくなり、治安も悪くなった。家庭環境も悪くなる。まちへ出ると、良くない誘惑や人生を諦めさせるような発言を大人が行っている。人とのつながりも弱くなり、地域で人を育てきれなくなっているのを感じた。学校教育だけでは解決できない、何とかせねばと思い立ったのである。

大学院での研究や学校外での教育活動を通じて、地域での教育力の重要性を実感した。学校で活躍できなくても、お手伝いをして近所のおばさんに誉められる。夜遅くに歩いていたら、心配される。失敗しても、長い人生経験から励ましてもらえる。そんな地域になって欲しい。

社会や時代のせいばかりにせずに、身近なところから良くしていくような協力をしていきたい。そんな思いを持って、日々活動している。

(山下 洋輔)



2011年04月03日

サステナブルな社会を目指す学びの場作り

サステナブルな社会を目指す学びの場であるサス塾が、ついに開講しました(柏市高柳)。
塾長の杉浦正吾さんと柏のバーで偶然出会って、はや二年。野球、剣道の話で盛り上がり、教育について語り合いました。
杉浦さんの持つ環境や広告の視点、小川さんの持つ生き物や農に対する考えは、私の教育哲学や社会への意識を大きく成長させてくれました。

写真は、サス塾併設の農園とカフェのコンセプトを話し合っている風景です。
都内から、和歌山からも、杉浦塾長のビジョンに賛同した人が集まり、知恵を出し合っています。

近くの耕作放棄地を、まったく新しい学びの場に変えていきます。先月、植樹された木が、5年後には実をつけていることでしょう。今、小4の生徒は、その時には、中3になっています。
カフェで懇親会。有機野菜を中心に体にいいものばかりです。私も、食育です。今年は、食生活を変えようと思います。
   

夜も更け、農の現場で最前線に立つ小川さんやこれから農の道を志す仲間たちと一緒に、語り合いました。ここから新たなプロジェクトも生まれていきます。


2011年03月27日

復興に向けた柏からの発信



3/26(土)、27(日)、R2にて、柏アートデイライトが開催されました。
http://www.kashiwa-art.com/
作品を鑑賞し、コレクターの趣向や性格を想像したりして、楽しめました。


震災の影響で、多くのイベントが中止になる中、柏デイライトは、規模を縮小しながら開催することになりました。
このようなときこそ力を持つ「アートを拠り所として、柏のまちづくりにかかわる人間が集まる機会を設けること、そして縮小した形ででも実施してこれを発信することが柏の将来につながると考えた」主催者の決断でした。
こんな時期だけど、いや、こんな時期だからこそ、柏から文化の力を発信することは素晴らしいと、私は思います。
開催して頂いたお陰で、何らかの出会いも生まれたことと思います。

二番街では、チャリティーライブ「愛・東日本かしわエイド」が開催されました。 先週3/19、3/20、今週3/26、27、来週次週4/2(土)4/3(日)と開催。気持ちが伝わったきました。ライブならではの力を感じました。
二番街に人通りも多く、元気づけられます。


柏駅前通り商店街、ハウディモールにも、人通りが多かったです。
http://pk.gd/AdwY
路上にこんなにも自転車がとめられていたのは久々な気がします。


柏アートデイライトや愛・東日本かしわエイド。
柏では、文化の力で、復興に向けたメッセージが発信されていました。
柏のまちの持つエネルギーを感じます。

2011年03月26日

学びの場つくり‐『哲学への権利』を読んで

ジャック・デリダたちが創設に関わったフランスの「国際哲学コレージュ」。
これは、大学ではなく、哲学研究や哲学教育の市民団体です。

この本は、「国際哲学コレージュ」の関係者へのインタビュー記録とそのドキュメンタリー映画と、著者の西山雄二氏のエッセイ。

「国際哲学コレージュ」には及びませんが、「柏まちなかカレッジ」は、哲学カフェやサイエンスカフェの流れを汲む地域活動です。
 私自身、大学院の博士課程にて哲学(教育思想)を研究していた身でもあったので、
この著者で監督の西山氏の人文学への問題意識には、共感いたしました。

 「柏まちなかカレッジ」も、誰でも先生になれ「教える権利」が確保され、
年間カリキュラムもなく、入学資格もなく、学位授与もなく、スタッフも無報酬で、国際哲学コレージュと共通する部分も多く、理念から組織の抱える問題まで、具体的に参考になりました。

現在の教育制度への問い直し、経済原理と価値、場といったテーマは、国際哲学コレージュのみならず、ビジネスや地域など現代社会においても重要なものと感じました。
 そして、何より、上映・討論会という場を作りながら、哲学の可能性を問い直している西山氏の活動に心を打たれました。






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2011年03月25日

地方分権型の教育


金沢市は、2004年から世界都市金沢・小中一貫英語教育特区として、08年からは教育課程特例校として独自に英語教育を推進している。 地域の歴史文化を世界に発信できる英語力を目指した教材を入手できた。 英語圏の歴史文化を知るとともに、 やはり、自国の、自分の住む地域のことを語れなければ、片手落ちになる。 地方分権型の教育活動として、柏市の教育にも参考にしていきたい。

2011年03月24日

大学を卒業される大切な仲間たちへ

大学の卒業式。中止した学校が多いようだ。
私が大学の卒業式の時期は、毎日が追い出しコンパで、飲み会ばかりだった。
しかし、今年の卒業生は、状況が大きく違う。
ある四年生は、学生生活の最後の最後まで、募金活動に参加していると聞いた。
素晴らし過ぎて、泣けてきた。

卒業生に多い22歳の学年は、生まれた時から不況で、小学校入学の年には阪神大震災や地下鉄サリン事件、ゆとり教育や履修漏れ問題、苦労して大学に入ったのに大学全入時代と言われ、リーマンショックにより就職は困難と社会に翻弄されてきた感じだ。
大変だったと思う。

これからは、自分たちが社会を作る立場になり、子どもたちに辛い思いをさせないよう、私たちと力を合わせ、頑張って欲しい。
苦労して、思いやりのある君たちだからこそ、できることだと信じている。

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これからの修学旅行

これからの修学旅行は、海外を知ることを目的にするのではなく、ショートステイなどで地域の文化を体験し、つながりを作ることに移行していくだろう。

テロなどのリスク、為替変動、原油価格に左右される海外でなくても、日本の山村漁村農村の生活体験の方が、かえって貴重な勉強になるとも考えられる。

電気を使わないで生きていく体験など、
「生きる力」を育む上でも有効である。

都市と農村山村漁村、あるいは農村山村漁村間での交流など、普段からの地域間の連携は、大切だ。

この地震の復興には時間がかかるだろう。物資輸送など緊急支援は、行政や大企業などが担ったが、精神的な支援や細やかな手伝いなど、継続的な支援では、複合的な地域間の連携が大切になってくるはずだ。

世間の関心が薄れてしまいそうな時こそ、日常の交流がモノを言ってくるのではないだろうか。

これからの修学旅行のキーワードは、
体験と交流と考えられる。
農山漁村での仕事や生活や
アフリカやアジアに出て学校や病院などを建てる活動。
そして旅行後も続くつながりを作ること。

そんな変化を感じている。


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2011年03月23日

公に生きるということ

今日、卒業式を中止した拓殖大学の渡辺利夫学長のメッセージを紹介いたします。

渡辺先生は、日ごろから、
「他の何者かのために生きているという感覚ほど、
人間を幸福にさせるものは他にない」
というディートリヒ・ボンヘッファーの言葉を引いて、
公に生きる素晴らしさを語られています。

以下のメッセージでも、
「公に生きるとは、貧しき国々、虐げられし人々、弱い立場の人間のことにつねに思いを寄せ、彼らのために行動するということです。経験してみればすぐにわかることですが、そうした思いと行動がわれわれをなぜか名状し難い誇りと幸福に導いてくれるのです。人間とはそのような存在として創られているのだとさえ私には思われるのです」
と、新たな門出に向けた卒業生に語られています。

「諸君!新たな門出の前に、司馬遼太郎『坂の上の雲』(文春文庫、全8巻)を読んでみませんか」

拓殖大学学長 渡辺利夫 

 私的にではなく公的に、利己的にではなく利他的に生きることが人間の幸福である、と私はつねに考えている。そのことを立証した時代が、つい先だっての日本の歴史の中にはある。日清戦争を経て日露戦争勝利にいたる、あの司馬遼太郎が描いた『坂の上の雲』の時代である。この小説の中に一つの情景がある。「公」に生きる人間の、貧しくはあるが、凜とした生き方を、司馬は次のようなエピソードの中に浮かび上がらせている。


 秋山真之が大学予備門の試験に合格し、正岡子規ともども学生生活をしばらく送っていたのだが、自分の生活費を薄給の兄好古に頼ら
ざるをえないことにいたたまれず、実入りのある別の道に進もうかと考え始めている。しかし、そのことを兄にいえば「くだらぬことは心配するな」の一言で終わってしまうにちがいない。もう一つ、真之には海軍に入って国のために身を捧げたいという思いが芽生えて、進退きわまっていたのである。ここは思い切って自分の進路についての考えを兄に聞き質してみようと思いを定めた。


 もっとも自分の進路などと聞いたところで、兄は「そんなことは自分で考えろ」というに決まっている。ならばと、真之は「人間というものはどうして生きればいいか」と聞くことにした。ここで司馬は好古に次のように語らせている。
 

「おれは、単純であろうとしている」

 と、好古はいった。さらに、

「人生や国家を複雑に考えてゆくことも大事だが、それは他人にまかせる。それをせねばならぬ天分や職分をもったひとがあるだろう。おれはそういう世界におらず、すでに軍人の道をえらんでしまっている。軍人というのは、おのれと兵を強くしていざ戦いの場合、この国家を敵国に勝たしめるのが職分だ」

 −負ければ軍人ではない。

 と好古はいう。

「だからいかにすれば勝つかということを考えてゆく。その一点だけを考えるのがおれの人生だ。それ以外のことは余事であり、余事というものを考えたりやったりすれば、思慮がその分だけ曇り、みだれる」という。

 −それで?

 という顔を真之はしてみせた。

 「それだけさ、おれがこの世で自分について考えていることは。−

 「あしのことは、どうなります」

 「知らん」 


 人間が国家における自分の役割をこうまで明快に悟って屈託のなかった時代。この時代に私は恋をしている。個々の人間の生き方が国家のあり方と何の矛盾もなく収まっていた、あの明治の時代。そんな時代がつい先だっての日本に存在したことを私どもは忘れないようにしようではないか。


 話は前後してしまったが、兄の秋山好古は、日本の陸軍に初めて騎兵隊を導入し、騎兵に機関銃を常備させ、敵騎兵隊には拠点式陣地をもって抗する戦術を編み出して、世界最強のコサック騎兵隊を撃破して奉天会戦の勝利に寄与した、帝国明治の名将である。弟の秋山真之は、東郷艦隊作戦参謀としてバルチック艦隊に抗する連合艦隊のT字戦法や旅順港閉塞作戦などを起案し、司令官東郷平八郎をして「智謀湧くが如し」といわしめた、これも帝国明治を象徴する怜悧なる軍人であった。


 好古は真之に長じること一〇歳であったが、死去は真之の方が一二年も早かった。五〇を少し越えたところで死んだ真之の葬儀に臨んだ好古は、次のように追悼の辞を述べた。兄として弟の死はただ悲しいだけだ、それに真之には兄として誇るべきものは何もない。

「しかし、ただひとつ、わたしからみなさまに申しあげておきたいのは、真之はたとえ秒分の片時でも、『お国のため』という観念を捨てなかった。四六時ちゅうこの観念を頭からはなさなかったということです。このことだけははっきいりと、兄としていいうることです」


 「公」のためだけに生きた真之を、好古はどんなに尊い人生かと誇りたかったのであろう。好古は陸軍大将の後、陸軍教育総監を拝命、これを最後に陸軍を退役した。その直後、大正一三年の二月から、請われて故郷松山の北予中学校(現・愛媛県立松山北高等学校)の校長に就任した。校長在任は昭和五年の四月まで六年三ヵ月に及んだ。脱疽の痛みに耐えかねて校長を辞し、その七ヵ月後の死去。享年七一歳であった。


 率直にいって、陸軍大臣にまで上りつめた人間の遇し方として異例のものであったが、好古は喜んでこれを引き受け、以来、死ぬ直前までの六年余、公務出張以外、一日の休みを取ることもなく時間厳守、馬に跨って登校した。藁葺きの質素な生家での一人暮らしであったという。庭にしつらえられたテーブルを松山城の方に向け、大好きであった酒を飲み孤愁を楽しんでいるかのような風格であったという。


 好古はみずからの人生を振り返り、青年時代に教員を志したこと、日本の歴史において初めて騎兵隊を教育したこと、陸軍教育総監を務めたこと、そして松山での北予中学校の校長時代が自分の最も幸せな時間であったと述懐している。好古の言葉が一教員としての私の心に染み入る。


 私は卒業式の告辞の中で毎年、次のような話をしている。

 ”私的利益はこれをいくら追求しても、その向こうにあるのは小さな自己満足だけです。私的利益の追求だけでは、自分以外の何ものかのために生き、共同体や社会に献身することによって得られる、心の底から湧き出るような幸せは得られません。公に生きようではないか。公に生きるとは、貧しき国々、虐げられし人々、弱い立場の人間のことにつねに思いを寄せ、彼らのために行動するということです。経験してみればすぐにわかることですが、そうした思いと行動がわれわれをなぜか名状し難い誇りと幸福に導いてくれるのです。人間とはそのような存在として創られているのだとさえ私には思われるのです”


  卒業生諸君! 社会への新たな門出を前に、司馬遼太郎の『坂の上の雲』を是非読んでほしいと心から念じています。すでに読了した諸君には再読をお薦めします。どうか諸君、利己的ではなく利他的に、私的にではなく公的に生きる人生にめざめ、晴れがましく、誇り高い人生を歩んで下さい。



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2011年03月22日

社会とのひっかかりを作る経験主義教育

子どもが「電気はどこから来るの?」と電線を指差した。
その父親は「じゃあ見に行こう」と言って、二人で延々と自転車をこいだ。
結局、わからなかった。
同僚の先生から聞いた話だ。

社会への強いひっかかりを作る。あとは、その子が自分で答えを探すだろう、と。

私は、その先生を尊敬するようになった。

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2011年03月17日

立教新座高校校長先生のメッセージ

卒業式のメッセージは、一人ひとりの人生に訴えかけてるので、授業の集大成だと思います。
そこで、私は、卒業式の校長・学長のメッセージを毎年チェックするようにしています。
今年は、非常時のため、卒業式が開催できなかった学校や中止された学校が多かったと聞いています。
その中で、特に、卒業式を中止した立教新座高校校長先生のメッセージに、心を打たれました。
一生、学び続けること。
現実を、自己を直視すること。祝意を避けず、真っ直ぐにメッセージが送られています。

卒業式が中止になった立教新座のHPより
http://niiza.rikkyo.ac.jp/news/2011/03/8549/

卒業式を中止した立教新座高校3年生諸君へ。

 諸君らの研鑽の結果が、卒業の時を迎えた。その努力に、本校教職員を代表して心より祝意を述べる。 また、今日までの諸君らを支えてくれた多くの人々に、生徒諸君とともに感謝を申し上げる。
 とりわけ、強く、大きく、本校の教育を支えてくれた保護者の皆さんに、祝意を申し上げるとともに、心からの御礼を申し上げたい。
 未来に向かう晴れやかなこの時に、諸君に向かって小さなメッセージを残しておきたい。
 このメッセージに、2週間前、「時に海を見よ」題し、配布予定の学校便りにも掲載した。その時私の脳裏に浮かんだ海は、真っ青な大海原であった。しかし、今、私の目に浮かぶのは、津波になって荒れ狂い、濁流と化し、数多の人命を奪い、憎んでも憎みきれない憎悪と嫌悪の海である。これから述べることは、あまりに甘く現実と離れた浪漫的まやかしに思えるかもしれない。私は躊躇した。しかし、私は今繰り広げられる悲惨な現実を前にして、どうしても以下のことを述べておきたいと思う。私はこのささやかなメッセージを続けることにした。
 諸君らのほとんどは、大学に進学する。大学で学ぶとは、又、大学の場にあって、諸君がその時を得るということはいかなることか。大学に行くことは、他の道を行くことといかなる相違があるのか。大学での青春とは、如何なることなのか。
 大学に行くことは学ぶためであるという。そうか。学ぶことは一生のことである。いかなる状況にあっても、学ぶことに終わりはない。一生涯辞書を引き続けろ。新たなる知識を常に学べ。知ることに終わりはなく、知識に不動なるものはない。
 大学だけが学ぶところではない。日本では、大学進学率は極めて高い水準にあるかもしれない。しかし、地球全体の視野で考えるならば、大学に行くものはまだ少数である。大学は、学ぶために行くと広言することの背後には、学ぶことに特権意識を持つ者の驕りがあるといってもいい。
 多くの友人を得るために、大学に行くと云う者がいる。そうか。友人を得るためなら、このまま社会人になることのほうが近道かもしれない。どの社会にあろうとも、よき友人はできる。大学で得る友人が、すぐれたものであるなどといった保証はどこにもない。そんな思い上がりは捨てるべきだ。
 楽しむために大学に行くという者がいる。エンジョイするために大学に行くと高言する者がいる。これほど鼻持ちならない言葉もない。ふざけるな。今この現実の前に真摯であれ。
 君らを待つ大学での時間とは、いかなる時間なのか。
 学ぶことでも、友人を得ることでも、楽しむためでもないとしたら、何のために大学に行くのか。
 誤解を恐れずに、あえて、象徴的に云おう。
 大学に行くとは、「海を見る自由」を得るためなのではないか。
 言葉を変えるならば、「立ち止まる自由」を得るためではないかと思う。現実を直視する自由だと言い換えてもいい。
 中学・高校時代。君らに時間を制御する自由はなかった。遅刻・欠席は学校という名の下で管理された。又、それは保護者の下で管理されていた。諸君は管理されていたのだ。
 大学を出て、就職したとしても、その構図は変わりない。無断欠席など、会社で許されるはずがない。高校時代も、又会社に勤めても時間を管理するのは、自分ではなく他者なのだ。それは、家庭を持っても変わらない。愛する人を持っても、それは変わらない。愛する人は、愛している人の時間を管理する。
 大学という青春の時間は、時間を自分が管理できる煌めきの時なのだ。
 池袋行きの電車に乗ったとしよう。諸君の脳裏に波の音が聞こえた時、君は途中下車して海に行けるのだ。高校時代、そんなことは許されていない。働いてもそんなことは出来ない。家庭を持ってもそんなことは出来ない。
 「今日ひとりで海を見てきたよ。」
 そんなことを私は妻や子供の前で言えない。大学での友人ならば、黙って頷いてくれるに違いない。
 悲惨な現実を前にしても云おう。波の音は、さざ波のような調べでないかもしれない。荒れ狂う鉛色の波の音かもしれない。
 時に、孤独を直視せよ。海原の前に一人立て。自分の夢が何であるか。海に向かって問え。青春とは、孤独を直視することなのだ。直視の自由を得ることなのだ。大学に行くということの豊潤さを、自由の時に変えるのだ。自己が管理する時間を、ダイナミックに手中におさめよ。流れに任せて、時間の空費にうつつを抜かすな。
 いかなる困難に出会おうとも、自己を直視すること以外に道はない。
 いかに悲しみの涙の淵に沈もうとも、それを直視することの他に我々にすべはない。
 海を見つめ。大海に出よ。嵐にたけり狂っていても海に出よ。
 真っ正直に生きよ。くそまじめな男になれ。一途な男になれ。貧しさを恐れるな。男たちよ。船出の時が来たのだ。思い出に沈殿するな。未来に向かえ。別れのカウントダウンが始まった。忘れようとしても忘れえぬであろう大震災の時のこの卒業の時を忘れるな。
 鎮魂の黒き喪章を胸に、今は真っ白の帆を上げる時なのだ。愛される存在から愛する存在に変われ。愛に受け身はない。
 教職員一同とともに、諸君等のために真理への船出に高らかに銅鑼を鳴らそう。
 「真理はあなたたちを自由にする」(Η ΑΛΗΘΕΙΑ ΕΛΕΥΘΕΡΩΣΕΙ ΥΜΑΣ ヘー アレーテイア エレウテローセイ ヒュマース)・ヨハネによる福音書8:32


 一言付言する。
 歴史上かってない惨状が今も日本列島の多くの地域に存在する。あまりに痛ましい状況である。祝意を避けるべきではないかという意見もあろう。だが私は、今この時だからこそ、諸君を未来に送り出したいとも思う。惨状を目の当たりにして、私は思う。自然とは何か。自然との共存とは何か。文明の進歩とは何か。原子力発電所の事故には、科学の進歩とは、何かを痛烈に思う。原子力発電所の危険が叫ばれたとき、私がいかなる行動をしたか、悔恨の思いも浮かぶ。救援隊も続々被災地に行っている。いち早く、中国・韓国の隣人がやってきた。アメリカ軍は三陸沖に空母を派遣し、ヘリポートの基地を提供し、ロシアは天然ガスの供給を提示した。窮状を抱えたニュージーランドからも支援が来た。世界の各国から多くの救援が来ている。地球人とはなにか。地球上に共に生きるということは何か。そのことを考える。
 泥の海から、救い出された赤子を抱き、立ち尽くす母の姿があった。行方不明の母を呼び、泣き叫ぶ少女の姿がテレビに映る。家族のために生きようとしたと語る父の姿もテレビにあった。今この時こそ親子の絆とは何か。命とは何かを直視して問うべきなのだ。
 今ここで高校を卒業できることの重みを深く共に考えよう。そして、被災地にあって、命そのものに対峙して、生きることに懸命の力を振り絞る友人たちのために、声を上げよう。共に共にいまここに私たちがいることを。
 被災された多くの方々に心からの哀悼の意を表するととともに、この悲しみを胸に我々は新たなる旅立ちを誓っていきたい。
 巣立ちゆく立教の若き健児よ。日本復興の先兵となれ。
 本校校舎玄関前に、震災にあった人々へのための義捐金の箱を設けた。(3月31日10時からに予定されているチャペルでの卒業礼拝でも献金をお願いする)
 被災者の人々への援助をお願いしたい。もとより、ささやかな一助足らんとするものであるが、悲しみを希望に変える今日という日を忘れぬためである。卒業生一同として、被災地に送らせていただきたい。
 梅花春雨に涙す2011年弥生15日。


立教新座中学・高等学校

校長 渡辺憲司

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2011年03月16日

まずは、思いやりの気持ちをもって、一生懸命に生活すること

以下、柏まちなかカレッジのメーリングリストに送った文章を紹介します。

みなさまの無事をお祈りしながら、メールしています。
昨日、近くに住む母親と電話で話しました。

相当、まいっているようです。

 

柏は、東北と比べると、被害は少ないです。

でも、地震当日、何とか歩いて帰宅したり、体力的にも消耗しているでしょう。

余震におびえ、停電や電車の運休にまどい、
大切な方の安否、原子力発電所のニュースなど

不安と緊張で精神的にも消耗していることと心配しています。

 

みなさま、お身体だけは、どうぞご自愛ください。

 

また、「被災地の方々のために、できる限りのことをしたいけど、大したことができない」

そんな焦りをもった方も、特にこのまちカレのメーリングリストの参加者には、

多いのではないかと思います。

私自身、そう思っていました。

実は、地震前から、腸閉塞で入院しており、

いろいろとご迷惑をおかけしています。

世の中がこんな時に、何もできずに悔しい思いをしました。

 

でも、今は、自分の体を治すことに専念しようと思います。

そして、じっくりと考えていこうと思います。

 

教育哲学を研究している友人からの問いです。

「人の痛みが自分の痛みになることの意味は何か。

助け合いたいと思う条件は何か。

ルソーやスミスの問いをさらに深める。

それから、後ろめたさの本質と、これをどう考えればよいか。

キルケゴールの問いをさらに深める。」

 

私は、体が十分ではない分、一生懸命、考えています。

体を治すことと考えることが、今、私の使命と言い聞かせて。

 

一人で大きなことはできないと、今さらながら実感しました。

でも、一人ひとりの善意が、社会に影響を与えていくことも感じています。

 

T先生、Mさん、Hさんたちから、有益な情報提供がありました。

身近な方に、教えてあげてください。

思いやりの気持ちをもって、一生懸命に日常を送ることが、

世の中のためにつながると信じています。

 

 



2011年03月15日

SNSについて語る会

みなさまの無事を祈りながら。

今回の地震においてTwitterやmixi、facebookなどソーシャルネットワークサービスが、役立ちました。
デマが拡散されたりもしましたが、
善意の輪の広がりや情報交換・収集に大きな力が発揮されたと言えます。

3/10に開催された柏まちなかカレッジの講座「デンマークの友人と教育を語る会」では、緊急の呼びかけにもにも関わらず、三十名弱の人が集まって下さいました。
柏まちなかカレッジは、口コミを広報の基本としています。
口コミだけでは、身内的な集まりにしかならないという批判も頂きましたがSNSを活用した口コミで、都内から参加して下さった方も多く、中には岐阜県から駆けつけて下さった方もいらっしゃいました。
私たちのような市民活動だけでなく、ビジネスやコミュニティ作りにも注目される理由を実感しました。

話は膨らみますが、中東諸国では、facebookが政権を覆す原動力にもなりました。
そして、今後もその可能性を秘めています。

そんなSNSについて、私は「何か」を感じているのです。
その「何か」を、みんなで語り合えたらと思います。

まだ思いつきですが、いかがでしょうか?

2011年03月14日

オープンエデュケーションと学びの場づくり

オープンエデュケーションなど教育コンテンツの無償化が進む。
でも、これによって教育機会の均等が達成するとは言えない。
学びの場づくりが必要だ。
学びのへの条件づけや他者との出会いによる相互作用が設計された学びの場の存在がポイントになってくるだろう。

ukon7 at 20:58|PermalinkComments(0)TrackBack(0)clip!コラム