コラム
2008年05月11日
ありがとうございました!!!
今日は、柏市民フェスタ2008でした。
昨日、降り続いた雨もあがり
本当によかったです。
スタッフの方々は準備から、お天気の心配から
本当に大変だったと察します。
特に、
講演を主催してくださった「対話と傾聴の会かしわ」の方々、
フェスタを管轄された柏市市民活動センターの方々、
そして講演に参加してくださった方々には
感謝の気持ちでいっぱいです。
本当にありがとうございました。
「聴く」ということに興味のある参加者が多かったおかげで、
気持ちよく話すことができました。
「やる気を引出す話の聴き方」 について講演しました。
親が子に、上司が部下に、教師が生徒に、
うまく伝えるにはどうすればよいか?
自分のおかれている家庭、職場などの人間関係と
照らし合わせて考えていらっしゃる様子を見て取ることができ、
講師冥利につきるとはこのことかと実感しました。
心がふれあう人間関係づくりを推進し、
あらゆる世代の人たちが安心して暮らせる
地域づくりを行う、という
「対話と傾聴の会かしわ」の方々の思いに
私自身賛同しております。
少しでもお役に立てればと幸いです。
2008年03月11日
気力‐NHK土曜ドラマ「フルスイング」に心打たれて
気力‐NHK土曜ドラマ「フルスイング」に心打たれて
先日、NHK土曜ドラマ「フルスイング」の最終回を観ました。
このドラマは、高林導宏先生をモデルとしたものです。
高林先生は、プロ野球の打撃コーチを30年勤めた後、
58歳から福岡県私立筑紫台高校の教師になりました。
高林先生の熱意で、
生徒はもちろんのこと
教員はじめ学校全体が変わっていく様子が描かれていました。
卒業式後のクラスにて、高林先生はメッセージを送りました。
それは、「気力」です。
これからの生徒の人生に、そして自分の闘病生活に。
お互い真剣に生きようとの気持ちで贈られた言葉でした。
高林先生にとっての「気力」とは、
「あきらめない気持ち」
であると説明されました。
「あきらめない気持ち」は成功の秘訣だといえます。
靴職人の山口千晃さんが、
あきらめずに「挑戦を継続すること」
が大切だとお話になったのを聞いたことがあります。
もし、自分が間違っていたら
いくら続けても・・・。
そんな不安を感じてしまうものです。
あきらめそうな気持ちを支えるものは何でしょう。
自分を信じられるかどうかだと
私は思います。
高林先生は、生徒のいいところを見つけ、
生徒が自分を信じられるよう応援していました。
高林先生のように、全国では一生懸命に
応援していらっしゃる先生方を私は知っています。
表には出てきませんが、
そんな先生方が多くの人生を支えてきたことは
本当に素晴らしいことだと感じています。
卒業式の季節に、いいドラマを観ることができました。
2008年02月12日
バレンタインデーの由来
もうすぐ、バレンタインデーですね。
あんなの、「お菓子会社の陰謀だから」
と商業主義を否定したくなる気持ちもわかりますが、
そもそもの始まりは美しく、悲しい話です。
バレンタインデーの由来についてお話します。
実は、ローマ時代までさかのぼります。
1740年ほど昔のことです。
ローマ皇帝グラディウス2世によって、
兵士は結婚を禁止されていました。
このとき、兵士と恋人を結婚させていたのが
バレンタイン司祭です。
そして、2月14日はバレンタイン司祭が処刑された日なのです。
戦場へ行く兵士たちの心残りにならないように。
未亡人になったらかわいそうだから。
そんな理由で結婚が禁止されたと考えられます。
しかし、結婚を諦めた兵士に、心残りはなかったでしょうか?
好きな人との結婚を諦めた女性は幸せだったでしょうか?
バレンタイン司祭は、「今」を生きることを説いたのです。
未来の自分を勝手に想像して、
「今」の気持ちを押し殺してしまわないでください。
「あなたを幸せにすることができないから」
といって告白を諦めれば、後悔しながら生きることになります。
「こんなことなら、恋なんてするんじゃなかった」
傷つき、悲しい気持ちになることもあるでしょう。
しかし、その胸の痛みは、新たなスタートでもあるのです。
2007年07月20日
年収10倍アップ勉強法
題名が、ガツガツしていたので敬遠していたのですが、読んでみると学ぶことが多い本でした。勉強法のイノベーションです。
時間は、すべての人に平等に与えられています。
そして、能力にも、そんなに大差はありません。
そこで、今までは、努力や意志の強さといった精神論に走っていたのです。
遊びや睡眠の時間を減らし、目標を立て、その目標達成の計画を遂行していく。
でも、誰だってそうしようと思っていますし、それができたら苦労しません。
かえって、できなかった時のマイナスイメージを植えつけてしまいます。
この本は、勉強において差別化できるは、努力ではなく、道具とやり方と主張します。
少しくらい高いお金を払ってでも、いい道具を使い、いい先生につくこと。
それが、一番お得で、効果的だとのことです。
これは、社会人向けに書かれた内容なので、勉強にかけるお金は投資であると説明されています。これが、子どもの場合には、もっと大きな運用成果が期待できるでしょう。
2007年07月08日
自ら考える力
これは、私が部活動の顧問をしていた時の手記である。
「最近、学校教育について騒いでいますけど、日本の部活動は世界に誇る教育だと思いますよ」。これは、ある国で出会った日本人青年の言葉である。その青年は、野球部出身で、日本の企業から現地の大学に派遣されている会社員であった。私たちは、それぞれの部活動に対する考えを語り合った。
部活動から学ぶことができる多くのことを明確にし、今、指導者として生徒に学んでもらいたいことは何か、私の考えを述べていきたい。
部活動の目的は、生徒、部、学校、地域、時代などによって違う。今日の軟式野球部部員生徒の目的は何か。やはり、全国大会出場し、優勝することである。しかし、全国大会優勝は一つの過程に過ぎず、最終目標は自己の成長であると私は考えている。その目標実現のため、今年度は、生徒たちに自分で考える力を身につけられるよう指導してきた。
試合中に監督がサインを出さない。生徒たちで相談して、戦略を決める。試合中の短い時間で、だ。これは、日常の練習で戦い方を模索し、意思統一ができていなければ難しいことである。関東大会では、この生徒たちの生き生きとした野球が高く評価された。
生徒たちは、強制的に入部させられたわけでも、練習させられているわけでもない。すべて、自分の意思で野球しているという気持ちがある。監督が、勝つ方法を教え込むこともしない。自分たちで研究し、試行錯誤し、成功したり、失敗したり。成功しても忘れてしまったり。2年と少しの限られた部活動において、効率が悪いように見える。しかし、私は、それでいいと思う。実際に、自分の考えを試す機会というのは少ない。現代社会では、失敗してしまうと大変だという雰囲気がある。そういう意味で、生徒たちには、失敗を恐れず、自分たちの野球を創っていってもらいたい。
顧問は、このような生徒の活動を支え、考える力を身につけることの手助けをしていく。そのために、ミーティングの回数を増やし、部活ノート等を活用して、各自の考えを明確にしていくよう努めたい。そして、何より顧問である私自身も部活動を通して、自己成長の機会を与えられていることに感謝して止まない。
仲間、先輩・後輩、顧問、好敵手、保護者を筆頭に応援してくださる人たちとの人間関係。苦しみ、悲しみ、怒り、そして喜び。競技を通しての実体験。これらは、いくら本を読んでも、話を聞いても得られないものである。
2007年07月07日
リンカーン演説-ゲティスバーク・アドレス

Wikisourceより引用
http://en.wikisource.org/wiki/Gettysburg_Address
THE
ADDRESS
Fourscore and seven years ago, our fathers brought forth
on this continent a new nation, conceived in liberty, and
dedicated to the proposition that all men are created equal.
Now we are engaged in a great civil war, testing
whether that nation, or any nation so conceived and so
dedicated, can long endure. We are met on a great battle-
field of that war. We have come to dedicate a portion of
that field as a final resting-place for those who here gave
their lives that this nation might live. It is altogether
fitting and proper that we should do this.
But, in a larger sense, we cannot dedicate…we cannot
consecrate…we cannot hallow…this ground. The brave men,
living and dead, who struggled here, have consecrated it
far above our poor power to add or detract. The world
will little note nor long remember what we say here, but
it can never forget what they did here. It is for us, the
living, rather, to be dedicated here to the unfinished
work which they who fought here have thus far so nobly
advanced. It is rather for us to be here dedicated to the
great task remaining before us…that from these honored
dead we take increased devotion to that cause for which
they gave the last full measure of devotion; that we here
highly resolve that these dead shall not have died in vain;
that this nation, under God, shall have a new birth of
freedom; and that government of the people, by the people,
for the people, shall not perish from the earth.
November 19, 1863
ゲティスバーク・アドレス全文訳
クレイグ・L・シモンズ 著,友清理士 訳
『南北戦争 49の作戦図で読む詳細戦記』より
八十と七年前,私たちの父祖は,この大陸に新たなる国家を打ち立てました.自由を原点として懐胎され,人はみな平等であるとの命題に捧げられた国家です.
今私たちは,たいへんな内戦の渦中にあります.その国家が,あるいはそのような原点と命題とを奉じる国家一般が,長らえることができるかどうかが試されているのです.私たちはその戦争の激戦地に集っています.その国家が生き長らえるためにこの地で命をなげうった人々の最後の安息の地として,その戦場の一角を捧げるために集まりました.それは私たちにとって,全くもってふさわしく,また理にかなった行ないであります.
しかし,より大きな意味では,私たちがこの土地を捧げることはできません.この土地を聖別したり,神に捧げたりすることはできません.この地で奮闘した勇敢な人々こそが,生きている方々も戦死した方々も含め,すでにこの地を聖別しているのです.それに付け加えたり,差し引いたりすることは私たちの貧弱な力の及ぶところではないのです.私たちがここで話すことは世界の耳目を引くこともなく,やがて忘れ去られることでしょう.しかし,彼らがこの地でなしたことは,永遠に世界の記憶に留められるのです.この地で戦った人々がこれまで気高くも進めてきた未完の仕事を完遂するために,私たち生きている者は,むしろ自らの身を捧げるべきなのです.
私たちの前には大いなる責務が残されています.名誉ある戦死者たちが最後まで完全に身を捧げた大義のために,私たちも一層の献身をもってあたること.これらの戦死者たちの死を無駄にしないと高らかに決意すること.神の導きのもと,この国に自由の新たなる誕生をもたらすこと.そして,人民の,人民による,人民のための政府をこの地上から絶やさないことこそが,私たちが身を捧げるべき大いなる責務なのです.
2007年04月24日
ブラジル人学校見学
日本で暮らすブラジル人が学んでいる状況を知りたかったからです。
もともと、在日のブラジル人が母国の文化を学び、アイデンテティを形成していくことについて興味を持っていました。
ブラジルではやったことのなかった(存在すらよく知らなかった)カポエィラを日本でやっている仲間の話を聞いたのがきっかけです。
助成金が得られるとはいえ、もともと社会的熱意から私財を投じて設立されたような学校なので、私たちが想像する学校と比べると、小さく、整っていない点が目だってしまいます。
公立の学校から転校してきた生徒の話を聞くと、公立の小中学校では、まだまだブラジル人生徒に対応していくのが難しい状況がうかがえます。
その他に、保護者の所得の問題、さらには日本の移民政策に根をもつ問題があります。
授業では、日本語のネイティヴスピーカーとして参加させてもらいました。私の日本語での自己紹介を生徒たちはリスニングし、内容を確認しました。そして、生徒が私に自己紹介してくれました。これは、日本人に日本語が通じる自信をつけさせる目的だったそうです。教員研修でも、先生を相手に同じことをやりました。
小学生と一緒にカルタ取りをしました。カルタは、生徒が分担して作ったものです。1枚1枚の製作エピソードを教えてくれる生徒がいて、味わい深いものでした。
休み時間や放課後には、「だるまさんが転んだ」などをして遊びました。
久々に教員らしい喜びを味わいました。
生まれた国、生活状況、肌の色、年齢など多くの違いはあるけれども、このように打ち解けられる機会を作っていくことが大切だと思います。
私の訪問した学校は、以下のように説明されていました。
「エスコーラフジ:富士市のブラジル人学校、各種学校に認可
・・・04年12月に南米系外国人学校では全国で初めて認可された「ムンド・デ・アレグリア学校」(浜松市卸本町)についで認可された。/・・・授与式で許可書を受け取った・・・神尾正和代表は、「本当にうれしい。ブラジル人の過ごしやすい社会は日本人にとっても良い社会。親の負担軽減などに役立てたい」と話した。/県によると、認可により通学に学生割引が適用されるほか、県から生徒1人あたり年間約5万3000円の助成金や各種の税制優遇措置が得られるという。県内で私塾のブラジル人学校は浜松市を中心に約20校あるという」
毎日新聞 2007年3月24日
2007年04月23日
「サビルヨリスリキレルホウガマシ」
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| 「サビルヨリスリキレルホウガマシ」 これは、中学生の頃に手にした本のしおりに書かれていた言葉である。あまりにもインパクトが強かったので、そのまま私の座右の銘となった。 私は、学校に自転車で通勤している。そのため、子どもたちに自転車に関するたとえ話をよくする。 「自転車は、スピードに乗って勢いよく走っている時よりも、動き始める時のほうがエネルギーが必要なんだよ」 「チェーンは、ちゃんと張っておかないといけないけど、張りすぎると切れてしまう。少し弛ませることが大切なんだよ」 こんな具合である。 「チェーンは使わないと錆付いてしまう。でも、使いすぎると擦り切れてしまう」と話し、自分の座右の銘を紹介したことがあった。 先日、3年前に卒業した生徒からメールをもらった。その中に、「サビルヨリスリキレルホウガマシ」という言葉が使われていて驚いた。 「けっこう生徒は先生達の言動を見ているはずですよ(*^-^)」とその生徒は答えた。 教師の言葉の持つ影響力を素晴らしいと思う一方で、その責任の重さを実感した出来事であった。 |
お遊戯を観て
高校生ともに幼稚園児のお遊戯を観たときのこと。
観客は温かく見守り、終了後は優しい気持ちになった。
間違う子、拍子がずれている子、人の真似をしている子、人と違う動きをする子などはたしかにいる。
しかし、観客はそういった子どもをみて微笑んでいる。
これが高校生であったら、できなかった部分の反省事項が目立ったであろう。
思えば、高校生も少し前までは、子どもだった。
親は、子が手を振っては喜び、ママ・パパと声を発しては、はしゃいでいたのではないだろうか。
それがいつの頃からか、親の期待はエスカレートし、「家の手伝いをしなさい」、「もっと勉強しなさい」といった命令や禁止の会話になっていっている。
ただ微笑んだというだけで嬉しく思ったことを、思い出して欲しい。
そして、もっと褒めてあげて欲しい。
高校生になっても褒められれば喜ぶ。
いや、むしろ、大人になればなるほど、「自分は認められたい」という欲求は強まってくる。
親をはじめ、私たち教育者は、今日の幼稚園児のお遊戯を観た優しい気持ちで、子どもを見守り育てるべきだと考えさせられた。
2006年09月12日
生徒から学ぶ
レゲエやHipHopについて教わった。
とても、親切にしてもらった。
その生徒は、誇らしげであった。
このような関係で生徒の成長を補助することが
私の教育への姿勢である。
PC好きの生徒がいた。
私は、PCに疎いので、いろいろと質問をしてみた。
その生徒としては、PCが好きといっても、
ゲームやネットサーフィンに多くの時間を使っているだけで、
あまり知識はなかった。
しかし、質問された内容を調べてきて、教えてくれた。
私は、知りたいことがわかり、素直に喜んだ。
その後、私が新聞やビジネス書から得た内容から、
将来の技術や生活の変化などについて意見を聞いたりした。
結局、その生徒は、自分の好きなPCの分野を専門に学ぶべく進路を決定した。
AO入試の提出書類や面接において、
私との会話が、じつは、役にたったとのことだった。
私は、生徒から教わることで、その生徒の才能を引き出していきたい。
2006年09月04日
「百年目」
ブログをはじめて、ふと落語の「百年目」というお噺を思い出しました。
普段の職場では使用人にガミガミと言う堅物の番頭が、実は粋な遊び人で、派手に遊んでいるところを店の主人に見つかってしまい・・・という内容ですパソコン上では、どこで誰が見ているかわからないので、使用人の身としては、注意しなければいけないと思います。
でも、これはパソコン上だけの話ではなく、日常生活でも同じだとブログをはじめて改めて実感しました。
飲み屋の席などで、「世の中ってホントせまいなぁ」ということが多いですもん。
気をつけたいとは思いますが、調子に乗って話してしまう性格は、なかなかなおらないものですね。
江戸の文化がわかったりするので、落語はよく聴いています。
「宇治の柴舟」〜「ひきこもり」は昔もいた
私は、3代目桂春團治の演じる落語をよくCDで聞いている。
もう何度も聞いている噺であるが、「宇治の柴舟」について改めて思ったことを書きたい。
「宇治の柴舟」とは、こんな噺である。
材木屋の若だんなが暑い夏なのに部屋を閉め切って出てこない。
親だんなは心配になり、若だんなの友達である熊さんに頼んでその原因を聞き出してもらう。
熊さんが聞き出したその原因とは、恋わずらいであり、その相手は絵に描かれた女性であった。
熊さんの説得で宇治に養生に出て、・・・といった噺である。
お金持ちの息子が2次元の女性に恋して、部屋にこもってしまう。
いろんな医者に診せたが治らず、心の病と診察される。
親は、困ってしまう。なにか、今日の「ひきこもり」とよく似た状況だ。
この噺と違う点は、部屋を閉め切ってもインターネットなどで外界と通じている点と熊さんのように無神経に立ち入ってくる友達がいないという点があげられる。
(この2点は、「ひきこもり」対策の鍵となるかもしれない)
「ひきこもり」が、あたかも現代特有の病のように捉えられるのは、現代になってその重要性が注目されたからであろう。
ひきこもって生活ができれば、問題にされない。
では、今日、何が問題と考えられているのだろうか。
それは、わが子の将来に対する親の不安であると私は思う。
昔は、将来も子がひきこもっていても、遺産などによって生活できると親が考えていたのではないだろうか?
(店が倒れて財産を失ったりするのは、想定外)
現代は、相続税があり、さらに社会状況は「一寸先は闇」といった状況である。「中流意識」から家計の現実状況を子が把握せずに何とかなると考えている可能性もあるかもしれない。
今後の社会では、「ひきこもり」をはじめ、心の病が課題となってくることは確実である。
しかし、心の病も同様に以前から存在していた。なぜ、今、それが重要な課題となっているかを私たちは考えなければならない。
2006年08月22日
部活動での感動
うちにテレビがないので、感動のドラマなどを見る機会がありません。
サッカーのW杯も見ませんでした。
阪神ファンですが、野村監督が退いたあたりから、試合を見に行かなくなりました。
もっぱら、スポーツ新聞で結果をチェックするくらいです。最近、映画も見に行けなくなっています。
そんな毎日を送っているうちに、TV番組や映画やスポーツ・格闘技などの商業主義的な面ばかりが気になって、素直に感動できなくなってしまいました。八柏龍紀『「感動」禁止!―「涙」を消費する人びと ベスト新書』を読み、その思いは一層強まっていました。
しかし、今日はスポーツに本当に感動しました。
いや、高校生に心を揺り動かされたのかもしれません。
じつは、私は部活動の顧問をしております。
それが、自分の今までの経歴とは関係のない野球です。
格闘技やダンスや合唱など、人にはできないことができるのですが、多くの人が少しは経験したことがあるだろう野球は、今までやったことがありません。
今日、試合がありました。延長戦の末、何とか勝利しました。
技術的・戦略的な指導はできませんでしたが、選手の体調管理やベンチの雰囲気など精神的なサポートに徹しました。
最終的には、体力・集中力の切れたのが相手チームのほうが早かっただけといった苦しい試合でだったので、監督としての仕事はできたと自己満足しています。
実際、部活動の顧問の手当てはほとんどありません。しかし、今日のような試合は、W杯や甲子園やK−1などいくらお金を払っても見られないでしょう。
イニング交代ごとにベンチに出入りする選手の表情や言葉。失敗したときの悔しさ、この試合で負けるわけにはいかないんだという焦りと気負い、疲れ、控え選手の必死の声、不安、そして勝った時の歓声と涙。選手ひとりひとりの生命を感じました。
終了の礼・校歌斉唱のとき、 女子マネージャーは涙に崩れそうなのを、こらえるのがやっとでした。
苦しいときの解答
ちなみに、世界史では「ガンジー」です。これは、本当に多いです。(Goodman総合研究所の調べより)
なかには、「鑑真」と「ガンジー」が同一人物と思い込んでいる人までいます。古代の日本史なのに、「ガンジー」と書く人の数も無視できません。私が、ガンジーの偉大さを熱く語ると、「そんな人なんだぁ」と感心しています。どうやら、ガンジーのことを知らないのでは・・・
学校は、期末試験の一週間前です。現役の学生の知識不足に驚かされていますが、自分の学生時代の答案もふざけていたように思います。
試験で間違っていても、面白かったら丸をつけてくれる先生がいました。しかし、多くの生徒がうけ狙いに走ってしまい、理不尽に点数を引かれた人も出る始末でした。その先生が、丸をつけた答えを今でも覚えています。
たしか、「コートジボアールの特産物は?」という問に対して、「オカカ」と答えたものです。
先生、いわく「『カカオ』を答えたくてもがいているなか、無我の境地から出た解答だ。さらに、灼熱の太陽の下、アフリカ人がオカカのおにぎりを食べているところが想像できる」と。
とりあえず、嬉しそうに大絶賛していました。
2006年08月21日
日本銀行貨幣博物館見学
先日、日本銀行貨幣博物館を見学しました。
そこで、富本銭の展示をみながら、ふと思ったことを書きます。
1998年8月に奈良県明日香村の飛鳥池遺跡で富本銭が発見され、奈良国立文化財研究所により最古の貨幣は「富本銭」である、という発表がなされました。
三十三点の「富本銭」が、「丁亥年」(687年)と書かれた木簡などとともに、発見され出土状況から7世紀後半に飛鳥池遺跡で鋳造されていた事がわかりました。
さらに『日本書紀』天武12年(683年)の「今より以後、必ず銅銭を用いよ」という記事と考古学的年代が整合する事から、最古の流通貨幣である可能性が高くなりました。
日本最初に造られた貨幣は「和同開弥」ということは常識といってよいほど一般に知られ、学校でもそのように習った経験があると思います。
しかし、この発見以前に富本銭の存在は、知られていました。江戸時代、寛政10年(1798年)の、いわば古銭カタログといった類の本に「富本七星銭」の名前で銭の図柄と共に載っていて、早くから貨幣研究者の間では知られていましたが、それは普通に使われるお金というより、「まじない銭」(専門的には厭勝銭という)であって、江戸時代からのものと考えられていたのです。
つまり、この発見によって明らかになったのは、富本銭が「わが国最初の流通貨幣である」、ということなのです。
教科書に書かれていることは、今までの研究をまとめたものです。確かに、よくできています。
しかし、その内容は「現在の」研究成果であって、絶対的なものではありません。
そんなことを、富本銭の展示から改めて考えさせられました。
以下、 貨幣博物館HPからの引用です。
http://www.imes.boj.or.jp/cm/htmls/komonjo_senpu.htm#top
銭譜に登場する富本銭
富本銭は、江戸時代には、古代の銭ではなく、絵銭・厭勝銭として考えられていました。銭譜に登場する富本銭のなかには、左右の七星が六星になっているものや、富本の『夲(とう)』の字が『本(ほん)』になっているものもあります。
貨幣博物館では2001年に開催した特別展示「古代貨幣の謎〜富本銭と和同開珎」において、冨本銭が登場する銭譜の一部を展示しました。
ここでは、銭譜に登場する富本銭をご紹介します。
『和漢古今泉貨鑑』
作成関係者 朽木竜橋 撰(福知山藩主朽木昌綱)
出版関係者 蔦屋重三郎(書肆)の異本もあり
出版年代 寛政10年版
『和漢古今宝銭図鑑』
作成関係者 不詳
出版関係者 雁金屋庄兵衛
出版年代 元禄7年版(右)、元禄9年版(左)
『新撰古銭帖 年代価付』
作成関係者 不詳
出版関係者 東都地本問屋、甘泉堂和泉屋市兵衛(書肆)
出版年代 天保13年版
『風山軒泉話』
作成関係者 今井貞吉(風山軒) 撰
成立年代 明治22年(風俗画報第5号〜第29号まで掲載)
『画銭譜』
作成関係者 馬嶋杏雨(養真亭)編、亀田一怒(考古堂)校
発行者 馬嶋瑞園
出版年代 明治32年
『古泉通盖』
作成関係者 宮部帷考(星霜堂) 撰
出版年代 安政5年

